2012/02/01

ニューヨーク講演⑦桜沢如一

ニューヨーク講演⑦桜沢如一

幸福の条件

桜沢 翌日行きますと昨日から今日まで二十四時間の間、砂糖はひとかけらも取っていない、といって毎日報告するのですね。それでグングンよくなって来ました。ところで四日目に鼻血がでたというのはそれが最後だったと思うのです。脳溢血なのですね。これが中ででていたら脳溢血なのですね。それが八十六ではもう助かりませんわね。それがここへ出て来たのです。それで助かったのです。

-鼻血はどうして止めますか?

桜沢 あぁそれはね、番茶に量の五パーセントの塩を入れるのです。ちょうどこれだと三本の指で軽くつまんだ位の塩。これで五パーセント。それを鼻から注ぐのです。それで下でクチを開いていると皆下へ出てくる。何も紙を詰めたりする必要は無い。微温湯でいい。塩が止めるのです。愉快でしょうこれ。鼻血を止める方法はいろいろな手がありますけどこれは一番簡単で良い。塩水で良いのだから。

どこにでもありますからね。まぁみなさんもこれから毎日、胡麻塩をほんのひと包みでいいですからポケットにいれておくことです。どこへ行こうと船酔いしたり気分が悪くなったり、腹が痛くなったり、頭痛がしたりしたときにはいつでもそれをちょっとなめるのです。すーっと治りますからやってご覧なさい。頭がいたくなるって事は脳の血液が酸性になったということです。塩をいれるとアルカリ性になるのでいっぺんに消えてしまう。なんでもないことなのです。実に滑稽ですね。お医者さんが一番恐れるのは体の酸性化、血液の酸性化です。ところがお医者さんの勧めるビタミンは全部酸性です。むちゃな話ですね。医学って物は。

-先生、どうして自分の血液が酸性になったと分かるのですか?

桜沢 なんとなく疲れてきて積極性がなくなってくる。思想が悲観的になってくる。どうしても暗いほう寂しいほうばかり考えて、明るい晴れやかな方が考えられなくなる。そういう人がよくいるでしょう?何を言っても「そんなことを言ったって」と言って裏から考える人がいるでしょう。それから手足の先の血液の循環が悪くなって、寒い日など青くなってしまう。これは酸性になった証拠です。とにかく頭痛が一番悪い、頭痛はすべて血液が酸性になっている証拠です。

-先生、風邪を引くのは血液が酸性になっているということですか?

桜沢 そうです。酸性でない人はかかりません。絶対かからない。私は四十八年間・・・その前は死んでいたのですからね。十六、十八のとき、喀血ばかりして三つ大きな空洞があってね。私の母親は三十歳で死んだのですよ。私が十になったばかりでした。父親は私が五つのときに行方不明になった。私は天竜院に門前で行き倒れの女が産み落とした子なんです。ところが私は十のときから自活をしました。弟一人と妹二人を養ってね。母親は結核で死に弟妹も皆死んで私一人残った。この世でたった独り。ところが十六から結核。三年間吐き続けました。それでいよいよだめだと思いました。京都大学で親切なお医者さんがただで診てくれましたがね。そのうえ、胃が胃拡張で胃潰瘍で胃下垂。腸が腸結核で痔がある。

心臓が生まれつき小さくてガタッといっても具合が悪くなる。頭は禿頭病になってね。耳は中耳炎で目は近視で乱視でトラホーム。私がしなかった病気は婦人科だけです。それが治ったんですよ。それ以来、こういう講習などやっているときは、いつでも二十時間から二十二時間働きます。二時間ぐらしか寝ません。だから私の一生は普通の人の三倍から五倍生きたことになる。そんなわけで胡麻塩さえ取っていれば絶対心配いりません。一日ひとつまみ、ちょっとご飯にかけるだけで良いのです。胡麻塩というのは八十パーセントの胡麻と二十パーセントの塩ですよ。だからひと匙お取りになっても一グラムしか入ってないのです。血液が酸性になっていると人間はだめなのです。甘いものは一番きつい。その次は肉食です。動物性は全部酸性です。それから酸性で強い物、リンゴだのミカンだのスイカだの果物類がひどいですね。

まぁとにかく一番恐ろしいのは砂糖です。それから肉食。これが血液を酸性にする。わたしの知っているお医者さんで三十年間毎日クシャミをし続けている人がいます。第三高等学校の時からクシャミばかりしていて「あぁクシャミが来た」と看護婦などから言われてね。ところが四十何歳ぐらいの時にわたしの話をきいた。翌日からクシャミが止まってしまった。今でも生きていますよ。長崎の原子爆弾のとき、カトリック教の病院を守ったのはこの人です。この病院では一人も原子爆弾ではなくなっていません。町では十何万人殺されていますけれどね。真ん中にあった病院では一人も死んでいない。これ、塩のお陰です。

-クシャミも胡麻塩で治せるのですか?

桜沢 おもしろいでしょう?

-塩はテーブルソルトやなにか?

桜沢 海の塩が一番良い。海の水、粗塩が一番良い。だから伊勢の大神宮などの神様に供える塩は別のところからとって使ったのです。決して買った物ではない。

-ところで先生、西洋人は比較的日本人よりも砂糖を多く使いますし、そのうえ肉食を多くしますが・・・その割には死亡率が少ない・・・あるいは病気も・・・

桜沢 それはまぁ多くし過ぎて死ぬべき人を殺さないでおる。だからそういう人は生きていても甲斐のない人なのです。幸福でない人なのです。アメリカは廃人が非常に多いですからね。とにかく六〇〇万人の精神病者が入っているのですからね。世界中で一年に約九十万人が心臓病で死んでいる。そのうち四十五万人はアメリカで死ぬのです。ほかの国では二十万ぐらいなのです。だから余程ここではこれを注意しなくてはならない。これからとにかく全ての病気を吹き飛ばす方法を教えますから心配しないで。

-先生、私ここまで歩いてくるのがとても辛いのですが体の変わり目でしょうか?

桜沢 変わり目ですね、貴方のは。とにかく今日までの旧体勢を全部一掃してしまうのですよ。つまり八兆億ある人間の体の細胞を全部手術しているのです。入れ替えているのです。だからちょっと十日程つづきますね

-反動は起きることはあるのですか?

桜沢 たまにありますね。今日は二つ大問題がある。これは皆さんに答えてもらわなくてはいけないのです。ゆうべ、例によってたくさん来ていらっしゃったですが、その中に一人弁護士がいました。ミスターシンガーというアメリカ人です。この人は私が一月ぐらい前に会ったのですが「こいつは悪い奴だ」と思ったのです。ここに瘤があるのです。ただの肉ではないのですよ。骨が突起しているのです。ピラミッドみたいにね。それで「これをどうしたらいいか」というのです。あまり態度が生意気だったので「君ね、神様が分かったら治るだろう」といったのです。そしたら「神様って何だ」ってな訳で食ってかかってくるのです。

「そりゃ君、教会かお寺でも行って聞きなさい。それが分かったら僕が教えてあげる」分からないですよ。法律家というのは絶対神様を知りませんからね。そこのハワイの高等法院の裁判官で非常に有名なジャッキーハルと言う人ですが、この人がライフで四ページばかりの大きな論文を出して「私は一生をジャスティスとして過ごしたけれどもジャスティスとは何であるかを知りません」とこう言っていました。僕はそれを見てびっくりしました。よくこんな奴が裁判官になっていたなと思ってね。ただ、法律書に書いてあるとおりにやるのです。情状酌量なしです。こんな人がありますからね。

ロイヤーというのは大体だめなのです。私の一番嫌いなのは医者に役者に芸者に新聞記者。それから裁判官。こういうのは嫌いなのですがその裁判官だけは別です。友達から聞きましたよ。十一時になって偉いことを言いだした。「貴方はペテン師だ」といったのです。「貴方の言っていることは全て貴方の催眠術だ。全ての人に判断力をもてと言いながら、実は貴方は貴方の判断力を皆に注射している」・・・私は生まれて初めてこんなことを言われた。特にアメリカに来て初めて言われたのですがね。なるほどおもしろいことを言うものだと思いましたね。

どうでしょうか、私がここへ来て以来どこの講演ででも、絶対に私の判断力を皆さんに強いたことはないのです。皆さんがそう取っていらっしゃるのかも知れませんがね。私は皆さんにもし教えることがあるとすれば、ただ陰と陽という言葉だけです。これは陰ですか陽ですか、考えてご自身がお決めになったら良いでしょぅ。絶対に私の考えをみんなに強いることはないですね。そういう問題を皆さんがちょっとでもそういうふうに思っていらっしゃるところがあるなら、ぜひそれを言っていただきたい。

今後一億七千万人を相手に一人で戦うのですからね。もしこちらに過ちがあったり、過ちと取られるようなエキスプレッションがあったら我々の間で教えていただきたい。それからもう一つは、これはあまり大した問題ではないがアメリカでは医者でない限り医学の本を売ることができない。そういう法律があるのです。

-戦争直後に日本の親戚の医者がある本を買ってくれといって来たことがありますが、買いに行ったのですが売ってくれるようでしたよ。あまり高いのでやめたのですが。

桜沢 それは医者が書いた本ですか?

-そうでしょうな

桜沢 医者の書いた本は売れるのです。

-だれが書いた本がだめなのですか?

桜沢 医者でないものが書いた本はだめなのです。

-それは普通の人には売れないのですか?

桜沢 図書館でも医学書は一般人は見れないことになっている。ここには五十四丁目にたったひとつ医学ライブラリーというのがあってそこでなら見られる。どうです関さん、そういうことをお聞きになったことがありますか?そうすると聖書が売れなくなってしまう。聖書には病人を治した話しがたくさん出て来ますからね。これ売ってはいけないなんてね。ところがこれはもうベストセラーの中のベストセラーですからね。

-でもあれは医者の発行ではないですよね。

桜沢 もちろん。聖書会社の発行ですね。どちらにしても医学書を一般人が書いたり読んだりすることは許されない。やっぱり「医学的なもの」というのは漠然たる定義だろうと思うのですが特に治療に関することを言うのでしょうね。そうなるとタイムなんかに毎週医学欄というのがあってそこにでていますがね。これはもっともタイムの医学欄でなしに、お医者さんに医学を紹介するのですからまぁいいかもしれません。いずれにしろ一般書店では売れない。医学書店でないと売れない。

-よくドラッグストアのようなところに行くといろんなのを売っていますが・・・。

桜沢 それは通俗的なものでね。そして医者の書いたものでしょう。いっぺんそれ、君のほうの弁護士に聞いてみておいてちょうだい。それはまぁいいとして、そんなことは問題じゃないのですから。とにかく私が貴方がたに二五〇〇年来の、或いは東洋五〇〇〇年来の哲学をもって来てご紹介しているのです。私の発明した物は何もありませんよ。ただお釈迦さんや東洋の聖者やそういう人の説を受け売りしているだけなのです。ここで皆さんにはっきりと覚えていただきたいのは、陰と陽という言葉です。

これはまだ説明しませんね。しましたか-ちょっとしかけました。色はやりましたね。紫、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー・・・これにしたところでですね、この判断は私が押し付けた訳じゃないのですよ。皆に聞いたのです、一番陽気ないろはなんですか?そして赤が一番陽気だとね。一番陰気なのは紫だとね。何にも私が押し付けたのではない。その次に今度は水気が多いのと少ないの。水気ですね。H2O。この水って物は陰気なものですか陽気なものですか?

-陰気。

桜沢 陰気。うーん。あなたは?

-陽気でしょうね。-の中から出てくるから陽気ですな。
桜沢 ハハハ・・・あなたは?雨の降っている日と天気の日とどっちが陽気ですか?

-それは天気の日です。

桜沢 雨の降っている日はみんなリューマチの人は痛みます。前の日から痛みます。陰気なものですよ。水が溜まって青々としている中にいってご覧なさい。なんかぞーっとして寂しくなりますよ。青い淵をのぞき込むとね。水の浅いところでちゃぷちゃぷやっているときは陽気ですから。深い真っ青な深遠に望むと人間は滅入って来ます。

これは私が押し付ける訳でなく皆同意されるでしょう?水が多ければ多いほど陰性になる。人間、死んでしまうとぼろぼろに腐って分解して流れてなくなってしまう。水気が少ないほど陽性なのです。今度は塩気はどうですかね。塩気は陰性ですか陽性ですか?ぴりっと辛い、塩辛い。

-私は陽性だと思います。

桜沢 私は何にも教えないんですからね。皆さんのなにを聞いているんですからね。どうですミセス関。

-陽性に近い・・・

桜沢 陽性。はぁ。このお料理を見て分かるでしょう。お料理に塩がなかったら食えたものじゃない。お料理がおいしいってことは塩味なんです。だから昔から塩梅っていいますね。塩の使い方がまずいか上手いかによって料理の善し悪しが決まる。塩は水の反対です。水が多いほど塩が少なくなり、塩が多いほど水が少なくなる。

ちょうど反対です。塩が多いほど陽性で少ないほど陰性です。例えばオイサキさんみたいに目が悪くなる鼻が悪くなる尻が悪くなるなど、皆塩が足りないからなんです。魚など塩をうんとしておいてご覧なさい。割れ木のように堅くなっても腐りゃしません。塩が薄いとすぐ腐ってしまう。それで仕様(シオ)がないという。人間の血液の中で一番必要なものは塩なのです。だから血潮という。塩気がなかったら人間は腐ってしまう。塩気があれば絶対にばい菌が入って来ない。どんなばい菌も入って来ないこれはよく覚えていてください。どんなばい菌でも塩気がちょっと入ると皆死んでしまう。

こういう試験皿の中にロッカクロムを溶かして入れ、そこへスピロヘータ、梅毒の菌をいれるので。何万何千といれるのです。ロッカクロムの中なのに死なない。ただそこへ血液を一滴落とすと皆死んでしまう。血液の中にロッカクロムが入れば、ばい菌を殺せるのですが、血液がない場合には効かない。おもしろいものですね。結核菌なんてのはどこにでもいるものなんですが、塩をちょっとかけたら死んでしまう。実に弱いものなのです。

-太陽とどちらが良いのですか、結核菌を殺すのには。

桜沢 それは塩のほうがきついですね。太陽が無くっても塩で殺せますが、太陽があっても水気が多い場合はなかなか死にませんからね。塩が必要なんです。どんな病気でも心配することはない。塩気がきいておればね。

-高血圧に塩気はどうなんですか?

桜沢 医者は禁じていますね。だから治った人がないでしょう?高血圧の治った人がいますかね?一人もいないでしょう。今一番大きな最大の死亡者は高血圧から来ているのです。治す方法を知らないからです。私のこの方法をやってご覧なさい。高血圧ならたいて二週間、早いときは三日。この前、去年の七月八月の二日間、私の東洋哲学キャンピングをやったのです。世界中の人が集まって来ました。アメリカからも二、三人来ました。

ブラジル、パキスタン、インドからもね。三千二、三百人集まりました。毎日のお料理は家内が作りました。京都大学の教授で川端博士という偉い人がやって来て「いっぺん皆の健康を見せてくれ」といって毎日身体検査をやった。そうしたら二日目にその川端教授が「これは恐ろしい、僕はもう帰ります」というのです。「どうしたのですか」と聞くと、もう皆高血圧だというのです。いつ死ぬかも分からない、こんなところに居たら忙しくなるからかなわない。ということなのです。そこで私は「まぁまぁ二、三日の間勘弁してくれ」といった。

三日目に先生が飛んできて「不思議なことが起こりました。皆血圧がどんどん下がり出した。これはいったいどういう訳だ。ぜひこれは終わりまでいます」といってとうとう終わりまで居ましてロンドンへ行くのを延ばして、帰ったら日本の学会でこれを発表しようと言ってね。このお医者さんは戦争中、日本のお医者さんで五人、軍部が絶対手を出すことのできないお医者さんでした。あんまり偉くてもったいないからね。その一人です。それで、この名前はひとつ覚えておいてください。ケントル教授、フランス人です。今から二十年ばかり前に死にました。この人は三十年間ソルボンヌ大学の教授をしている間中、海の生物学の教授ですが、海の水を研究していた。

一生かかってごつい「海の水」という本を著しました。「ウォーターオブシー」アメリカにないでしょうかねこの翻訳が。世界的に有名な本なのです。皆さんの中でこういう説をご存知ですか?全ての地上の生物は大昔海からやって来たものである。どうです、聞いたことがありますか?

-聞いたことはあります。

桜沢 その説はこの人が言い出したのです。それはなぜかというと、どんな生物でも血液を調べてみると全て海の水と同じ組成をもっている。だからどうしても海からきたとしか思えない。ただしそれに濃淡はある。その薄いのはまだ地球が大昔で海の水が十分蒸発していないで創成期のすぐ後でできたような海ですね、それがどんどん濃縮されて塩分が濃くなった。今から五億年ほど前に最大限に達している。それから後はあまり変わらない。その時分に出て来たものが一番血液が濃いこういう大胆な説を立てたのです。

それからそれを立証するために一生かかったのですからえらい医者ですね。私の言ってる通りのことを科学的に立証してくれている。私はあったことはないですよ、もう二十年も前に死んでいるのですからね。この人は塩の組成を証明するために色々な動物実験をやった。例えばぼろぼろに老いさらばえた十五、六歳の犬、もう目も見えなくなって手足が変わっているような犬。それから若々し二、三歳の犬、その二匹を使って両方とも血液をすっかり出してしまう。そして海の海水を替わりに入れる。

そうすると若いほうの犬はぴんぴんしてちっとも以前と変わらないが年を取ったほうは二、三日動かない。それが俄然起き上がると若いほうより今度は強い。若返り法ですね。そんなことの何百という実験をしている。それがこんな本になっています。驚いたでしょう。血液を全部塩水と取り替えたほうが若返るというのです。それから今度は色んなばい菌を注射しています。塩気を入れておけば、ばい菌は皆死んでしまうから病気が大きくならない。海の水にばい菌がいますか?絶対にいないでしょう?丘から人間や大便や小水や工場の排水などいろいろなものを朝から晩まで流し込むのでしょう?

(つづく)
199410月号No.685

ニューヨーク講演⑥桜沢如一

ニューヨーク講演⑥桜沢如一

幸福の条件

桜沢 それから六〇〇年、七〇〇年たってから日蓮だの親鸞だの蓮如だのいろんな人が出ましたがね、もうこの人なくしては日本の仏教はなかった訳ですね。ところがこの人たちの言うことを簡単に言いますと、要するにひっくるめて実用的にいいますとこれは念仏を言えと、或いは唱名を言えと、或いは南無妙法蓮華経を唱えていればいい、或いはマカハラミタシンギョウを唱えていればいいと、そういうことになってしまったのですね。それでいまのところはもう長い間なんにも効能がなくなってしまったのですね。いくら念仏を唱えても極楽へ行けないし幸福になれない。親鸞聖人のごときははっきりと、地獄行の切符か天国行の切符か知らない、と言っているのですね。

こう言って決定したものだから一般の人は困るのですね。それで散々仏教の試練の時代がくるのですね。要するに全部ひっくるめて言えば、念仏ということも或いは南無妙法蓮華経ということも或いはマカハラミタシンギョウということも何でもすべて念仏ということに翻訳できますね。念仏というのは唯、南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経と言っていることではないのです。仏を念ずることなのです。念ずるということとは今というのは全世界、全宇宙が今あるのですよ。それを心にせよ、ということなのです。ただ口先だけで唱名を唱えているなどというのはとんでもないことです。仏とは悟ったものということなのです。全宇宙の構造を悟ったものです。その全宇宙の構造を念念に念じていくと、刻刻に念じていくという事なのです。

ところが口先だけでいいということになってしまったのですね。ここに仏教の大失敗があるのですね。もっとも初めは親鸞にしても伝教にしても、そういうふうに教えたのですけれども長年の間に忘れてしまって口先だけで唱えることになってしまった。まあそれでも悪いことではありません。決して悪いことではないですけれども一向に御利益がなかったのです。日本の昔は実に悲惨なものだったですね。百姓、商人はもう撫で斬り御免で切り捨て御免でどんな目に遭っても土下座しなくてはならなかった。まあ侍の中には偉い人もいたけれど悪いのもいましたね。いろんな悲惨な問題もありますね。例えば佐倉宗吾、或いは大塩平八郎などいろんな悲惨な話がたくさんありますね。

 さて、私のいう方法はこの間お話ししましたかね、先ず第一に幸福というものは、これは幸福になる道ですね。幸福の条件ですね。私の幸福の条件というのはまず第一に疲れない、絶対に疲れない、風邪を引く腹が痛い、頭が痛い、なんだかかったるい、などと絶対に言わない。第二、よく寝る。枕に頭を乗せたら三分間でぐーっと寝て朝まで何にも知らないし動きもしなければ寝言も言わない。ましてや寝小便などはしない。起きるときは、定めた時間が来たらバネ仕掛けのように目が開いて飛び起きる。寝るときにうつぶせになって寝る子供が時々いますね。これは必ず不良になる子供です。この国ではそうしろと言っている。

それはみんな子供がそういうふうに寝るからこれがいいんだなと思っているのでしょう?それは絶対にいけないことなのです。それをやる子供は必ず不良、親殺しになるのです。だからそんな子供がいたら早くどこか育児園とかにやってしまったほうがいいですよ。それから枕を外す子供があったら、だいたいこちらのは枕が低いですね。おまけに枕には羽が入っていますね。これは絶対にいけません。頭は陰性なる所ですからね。一番冷たくしなければいけない。だから一番上においてある。犬などになると下等動物ですから足の中に頭を巻き込んで寝ている。馬などは立って寝ますね。絶対横にならない。頭が高いところにあるものほど賢いのです。だから赤ん坊のころから頭を中に入れて寝るようだと大変なことです。

枕を外すようなものには絶対に学問の必要なし。学校にやる必要なし。絶対に成績が悪い。学者にしようとか判断力をつけてやろうと思ったら頭を高くしなけらばいけない。まして羽布団にしてはいけない。中に入れるもので一番いいものは蕎麦のからです。或いは小豆、或いは木、陶器、石のような硬いもの、熱の不良導体がいいです。

-先生、お茶殻がどうですか?

桜沢 お茶殻もいいですね。そしてよく寝るということはお解かりになりましたね。必ず睡眠は四十歳以後は四時間以上寝てはいけません。最大六時間です。もう大人で七時間、八時間ねるなんてことだとね、人生半分寝ているのですからもうどうにもならない。寝るということは非常に悪い習慣なのです。私は十七、八のころから寝ないことを勉強して来ました。十七、八のころから大体六時間以上絶対寝ないことにしているのです。

五十歳以後は絶対四時間以上寝ないことにしているのです。もうあと一、二年で今度は二時間以上絶対寝ないようにしようと思っています。今ずっとそれをやっています。それから三番は食欲がある、何でも美味しいというのですね。ご飯とタクアンだけあったら良い。梅干しだけでも良い、ご飯と塩だけでも良い。伊井大老。あの人などは十三人目の子どもだそうですが長屋におかれてね。日記にこんなことが書かれています。采は塩にて事足れり。

塩だけで結構だと言うことです。そんな偉い人だからペルリ、ハリスが来て国難極まったときにも泰然として善処して戦争をせずに占領されずに国民を守った訳です。そういう偉い人が塩だけで飯を食ったのです。リンカーンもそうでしょう?学校に行ったこともなければ字引も買ったことがない。非常な貧乏のどん底で生きていましたね。そういうのがいいのですね。ここまでが生理的な条件で体からの面です。四番は忘れない。物忘れしない。絶対に物忘れしない。よくありますね。このごろ手紙をいただいた。

長く神官をやっている人です。もう七十になるのですがこの人が最近ロサンゼルスのポールリシャールというフランスの大詩人に手紙を出したそうです。この人は今から四十五年前「日本に告ぐ」という詩集を書きまして世界中にばらまいた。私は四十五年前その本を読んで、なんてまぁ日本という国は素晴らしいのだろうということをフランスの詩人に教えてもらいました。それからいつも忘れたことがないのです。一度この偉い人にあってみたいということを。ところがその人の奥さんは今インドでポンリッテリー大学の学長で八十六歳、インドの女王と言われています。

マンダーオブインディと言うことです。その人に七年前会って聞いたのです。そしたらあのポールリシャールはどこへ行ったか分からないというのです。それでもうこの世では会えないと思っていたのですが、ここへゆうべ来ていた奥さんが「ポールリシャールは私の先生で時々ここへおいでになる」ということです。びっくりしましてね。「ほんとうか?」というと「本当だ、ロサンゼルスにいる」というのですぐ飛んで行って会いました。八十六でもうよぼよぼです。その人の書いた本が二冊、日本で出ています。

今から四十六年前。私は四十五年ぐらいこの人にあこがれていたのですから恋人という訳です。偶然今度会ったのですが非常な喜びでロスにいる間その家に毎日会いに行きました。弱くてどうにもならない。そこでさっそく玄米をたべるよう言いました。玄米なんて食べた事がない。白米なら食べたことあるけれどもね。「なにを食べているのか」と聞くと「毎日コーヒーに砂糖をいれて一日三回飲む」と言うのです。それではだれでも高血圧になると言うと「高血圧で困っている」というのです。

それで何もかも皆やめるように言いました。そうしたら四日目に朝六時から鼻血が出だしたと言うのです。八時になってもまだ止まらないといって電話をかけて来た。そこですぐ電話で鼻血を止める法というのを教えたのです。そしたらすぐ後から電話でもう止まったといってかかって来た。びっくりしましてそれからますます仲良くなりました。その人の本を日本で伊勢の大神宮さんが出しているのです。驚いたものですね。伊勢の大神宮さんの信仰がますますこのごろ盛んになって来た。不思議ですね。戦争で神社神道みな焼き払われたのにまた猛然と。

そしてもう一つ偶然にこのポールリシャール先生の手紙ですが、フランス人ですがもう五十年前にフランスを出て日本に六年いたのです。私の友人の大川周明という人のうちに六年間居候をしていたのです。奥さんを連れて来てね。それでも私は会えなかったのですからね。今度もう非常に喜びの手紙です。あなたが発って以来、おいおいと順調になって来た。このごろ毎日町に散歩に降りて行く。ロサンゼルスの山の上にいるのです。天文台のそばの。毎日町に遊びに行くのだというのです。偉いものですね。この人のお陰で日本人がどれほどごやっかいになっているか分からないのです。この人の詩集でね。

いまから四十年前日本人は士気を鼓舞されたのです。私もその一人です。ところが今貧乏していて尾羽打ち枯らして一人いるのです。それで私は行く度に餅をもって行ったり色々なものをもって行くのですが喜びましてね。日本のお餅は四十六年振りだといっておがんでね。お酒をもって行ってあげたりね。あるロサンゼルスの文化人が集まって「日本人がポールリシャール先生に話を聞きたい」そういったものをつくってくれないかといって関口先生だの商工会議所の竹田さんだの皆お願いしてきたのですがね。多分できるようになるでしょう。とても喜んでいますよ。貴方がたも一度機会があったらあってごらんなさい。

八十七歳になりますかね今度。この人は日本にほれ込んで四十年捧げた。今度こういう本を書いて来ました。アリーナユニバース、つまり幾何学者の見たる宇宙という本で難しい本です。どうして貴方はこんな本を書いたのかと聞きますと、二十年原子物理学を研究した。六十五の歳から原子物理学を研究しだした。偉いおじいさんですね。どうです?原子物理学というものはそもそも人類の破綻を招くものである。これはどうしても日本や東洋の仏教や神道の根底になっている宇宙世界観、これを取り入れなければ今の原子物理学は滅亡に陥るという結論なのです。驚きましたねこの論理は。やがて出るでしょうがね。

そんな隠れた人がロサンゼルスの山の中に居るのですよ。だから日本人はよっぽど感謝しなければいけません。五十年以上、世界流浪の旅をしている。日本は敗けたのではない、日本こそ東和の光であるという結論なのですよこの本は。それがアメリカで出るというのですからね。えらいことになりました。この人がやはり精神がいいものだから四十五年ぶりで私に会ったという訳です。

すると見る見る毎日毎日よくなって来ました。それは素直な人でしていろいろ話しているうちに「私は食物が専門なのだ」といったら「どういうものが良いのだ」と言うから「良い物よりまず悪い物をやめたら良いのだ」といったのです。「どんなものがわるいのか」と聞くので「まず貴方の好きな砂糖がいけない」といった。そうしたら困ったようだったが「よしやめよう」その日からもう一粒も食べない。
(つづく)
19949月号No.684

ニューヨーク講演⑤桜沢如一

ニューヨーク講演⑤桜沢如一

-三、四日もしくは一週間どこかへ旅行したいと思うとき我々はどういう食物を取ったら良いでしょうか?

-しごく簡単です。

-食養療法で梅干し入れてかじれとおっしゃったけれど夫婦で二、三日も出掛けるのには少しやりにくいのではないかと思いますが・・・一、二日ならよいでしょうがどんなものでしょうか。

桜沢 それなら外にもいろいろ方法はありますが人間は難儀が困るというのはだめなのです。私は東京からパリへいくときはいつでも十六日分の握り飯をもっていきます。

-腐りませんか?

桜沢 腐ります。東京から五日目でバイカル湖の付近まで行きますがみんな青カビが生えてつぶれていてドロッとしていて手ではもてません。それがシベリヤの果てまで行きますと真っ赤な赤カビで赤いものになっています。吃驚することはない。それを毎日食べて行くのです。パリに着くとその日から仕事をする。ところが一等車に乗って食堂車で毎日何百円という食事をしていた人達は着いてから二、三日から一週間休養しなければ何もできない。そんな訳でお米という物は生で食べても腐っていても絶対に当たらない。お米以外の物をご覧なさい肉、鳥、魚、どんなものでも腐ったものを食べてご覧なさい、大変です。お米だけは特別ですがこれには原因がある。

この話はまた後で詳しくします。だから私はお米を勧めるのです。しかも日本は豊葦原の瑞穂の国といって天照大神が「汝の子孫はこの豊葦原の瑞穂をもって食とせよ、そして永久に守り継ぐべし」ということをおっしゃって同時に剣とかがみを渡されたのです。考えるということを一番必要とする、鑑みるということは神様が見るということです。考えるということは神にかえるということです。この言葉も英語にはありません。考える、良い言葉ですね。それには毎日鏡を見よ、鑑みよといって鏡をくださったのです。だから今あなたは毎日鏡を見てるといったでしょう?しわができたなんて有り難いことではないですか。それだけ緩んでいたということですからね。岡島さん、目方どのくらい減りましたか?今、あなたは大手術をしたのですからね。我々のからだの中には七兆の細胞があるのです。一億や七億の騒ぎではなく七兆の国民がいるのですそれ全部を洗って手術したのです。それは疲れますよ。

-それで冗談を言う馬力なくなりました。

桜沢 おとなしくなっていいです。あなたはおしゃべりだったのでしょうねハハハ。貴方はお名前は何とおっしゃいますか?

-鈴木ケンジロウです。

桜沢 この人は八十で一人でひょこひょこ歩いていらっしゃる、八十や九十はまだまだです。これをおやりになれば何歳まで生きられるか分かりません。皆これがなくてはいけません。災難に遭ってもいけないし自動車に轢かれてもいけない。

-でも五人の兄弟は皆死んでしまい私一人残りました。

桜沢 ま、その話をしている訳なんですがひとつ実行をしてご覧なさい実行を。だれでしたっけ怒らなくなってきたという人は?この前来た西洋人で十日間やったら怒性の私が少しも怒らなくなった、不思議だ不思議だといって事務所へ来て言っていました。鬼崎さんもいってたね、怒りっぽい人でしたが今度これを遣り出したらおとなしくなってしまって何も言わなくなってしまった。例えば親鸞聖人あるいは蓮如聖人ですね。皆八十、九十まで生きました。この人たちをどう見ますか?蓮如聖人は八十三歳でなくなったとき、三歳の子供があったそうですからね。あの時分ですら精進料理ですよ。ちょうど我々がやっているのと同じで、玄米食べていたのですからこれは絶対長生きします。だから八十三になっても子供が作れたのです。

希望がなかったら人間はだめですね。とにかく、その秘術秘伝をこれからやろうと思います。これは昔ですね、昔はこう言っているのです。仙術、仙人といいましたね。雲に乗ったり風に乗ったり、あるいは猛獣を猫のようにしたり毒蛇にかまれても何ともない、こんなのを仙術といいました。私のお話しする正食というのはこの仙術の現代版なのです。だからこれは昔の人のように、はるばる上がって来て籠ってお願いしなければ教えないようにすればよいのですが、この頃はあまりに病人が多すぎてそんなことをいっていられないので、ちょっと山から下りて来ました。だから貴方がたがここでおやりになったことはこれは、仙術なのです。何年、何百年と、いくらでも雲、霞を吸って生きていけるのです。その秘伝なのです。

-ちょっとお尋ねしますが先生のおっしゃる食事を十日間した後はどんなことになるのですか。

桜沢 後は自由です。

-コーンライスばかり食べていられませんけど・・・

桜沢 十日間です。もう少し続けようと思えば二十日。

-先生、ご自由って何を食べてもいいのですか?

桜沢 何を食べても何を飲んでも自由です。といっても岡島さんのように悪いものを食べたら岡島さんのようになります。真人間になってから泥棒の仲間に入るとこれはやっかいですよ。よくこういう人があります。「玄米だけの食事なんてそんなお粗末な物に急に切り替えてもよいのですか。私は今まで毎日ごちそうの限りを尽くしていたのですから急に切り替えてもいいのでしょうか?」と聞くのです。そんなとき私は「泥棒で人殺しで火付けでスリであらゆる犯罪を犯す者が急に明日から真人間になるという。

それに向かってそりゃあんまり短兵急だからまあ今年は殺人だけやめて来年はスリだけやめて、なんてそんなことになれますか?」と答えます。心が変わっていないのですからまた出て来ます。やるならオール、オアナッシング十日間、絶対に守るかそうでなければ悪いものを食べるか、どちらか徹底しなければいけない。

-それは朝からですか?

桜沢 朝からでも夜からでもいつでも。

-ちょっと伺いますが、玄米と胡麻塩だけで十日間食べますね、ところがここへ伺ってここの食事を毎晩いただきますがその中には野菜などいろいろなものがはいっていますがそれはかまわないのですか?

桜沢 ここで出される物は何を食べてもかまいません。ここで出す物はどんなものも毒を消しておいしくしてあります。

-私は玄米を弁当にしてもって来ています。でも玄米は粘りがないのでノリを巻いているのですがよいでしょうか?それを伺っておかないと。

桜沢 よろしいですよ。ここはまったく関さんのおかげで台所を貸していただいているでしょう、これはもう実際どこでもできない講習です。パリまでこの食事を食べに来てご覧なさい百万円ぐらい一遍にかかってしまいますからね。

-パリでご飯が食べたくて・・・

桜沢 日本人はたいてい知りません。私は日本人には相手になりませんから。オランダ人、ドイツ人、フランス人、スイス人ばかりです。毎日一人か二人は飛行機でスイスやオーストリアから伝え聞いてやって来ます。今日来た手紙も私がパリにいると思ってポーランドのワッソーから「行く」といって出されたものです。まぁそんなことで関先生には本当に感謝しなければなりません。有り難いことです。それではあしたから第二回、第三回と其の秘伝、秘術をできるだけ短縮に申し上げます。

これは正確にやれば十年かかります。医科大学に行ってご覧なさい。十年ぐらいかけて卒業しても開業できませんし病気は治せるようにはなりません。治せる人はいないでしょう。この間ジョセフという音楽家が来たのですが足が靴の四倍ぐらいに膨れてはみだしているのです。二十五年前から苦しんでいるというのです。最近どうしてもたまらなくなって医者に行ったらどうにもならないから切断しては?といわれ、悲観し絶望して何にも希望がなくなってしまった。それでやって来たのですが十日程のあいだに七ポンド減ってずっと小さくなったそうです。

そんなわけで医学を十、二十年かけても治らないのです。明治天皇でしたか大正天皇でしたかの侍医をしていた医者がいましたが、その人など死ぬときは自分の弟子の平野博士に診て貰ったが博士はお決まりの薬をもってくるようにいってもって来させた。それをなめてみて「うーんこれか、こんな物効きはしないではないか」といったというのです。知っているのですね。それから紙をもって来させて辞世を書いたのです。「効かずとも効かずとしれど義理なれば、人に飲ませじ薬我飲む」といって書いた。何十万人という人に其の薬を売り付けて来たのですからね。しかも綬位十三勳三等なんとかと偉い人なのですからね。

そして懺悔でそう書いた。医学をやっていたってそうなのです。パリでは医者がたくさん私の話を聞くために集まって来ます。ここでも五、六人通っています。そんな訳ですから本当にやれば難しいのですが、それを、三日か五日でコンデンスして生粋のエッセンスを差し上げるのですからよほどよくかみ分けないといけない。ですからわからないことはできるだけ質問をしてください。

-玄米だけ食べていると喉が渇くのですが何か飲み物、例えば番茶などを飲んでいいのか又は飲まない方がいいのか、どちらでしょうか?

桜沢 それはできるだけ少し飲む方がいいです。けれども飲みたくてたまらなかったら梅干しを考えるのです。するといっぺんに唾が出てきます。それでもだめだったら梅干しを少しちぎって口の中に入れのみこまないでおくのです。それでも駄目ならもう少し、それでも駄目なら種を口の中に入れておく、ガムのようにね。まぁ、いろいろ苦労をして自分で発明するのです。発明しなくてはいけません。人が言ってくれたからやるというのではなく、自分が面白いからやるというのでなくては駄目です。

支那の聖人の話ではいかがですか?寿、福、幸明、好修徳、好修命ですかね。これは本当に幸福というものの内容をはっきり示してくれます。我々は幸福というものの内容を考えないで幸福、幸福と言っているけれど幸福というのは、まず第一に健康で長生きできる、いつまでも不老長寿であるということでなくてはいけない。次には金のことでくよくよしない。泥棒に遭ったり火事に遭ったり飛行機で死んだり絶対にしない。次に道を楽しむ。悠久なるものを楽しむ。ただ時分の身辺だけ、家族だけということではなく非常に大きなところにねらいをつけるということです。最後に有終の美をなすということです。

人生の最後がいかにも楽しいものであるというのでなければいけない。人生どんなに幸福であっても最後が悲惨であったら何にもならない。これだけの条件がそろわなければ本当に幸福だとは言えないということです。これは皆さんも同感だと思います。次には仏教的には四苦八苦ということで決めるのですが決め方が陰性なのです。五福の方は表、四苦八苦のほうは裏から決めてあるのです。四つの苦しみとは、この人生において生きて行く苦しみ、病気になる恐ろしさ、年をとる悲しさ、死ぬ悲しさ。

この四つが四苦、次の四つは求めて求めて求めるほどそれが手に入らない。いくら探しても手に入らない。次は欲情が煩悩が燃え盛ってどうにもならない五蘊盛苦。次は憎い嫌だと思う人とは鼻を突き合わせていなくてはならない。この世に生きて行くうえでいやな思い、大嫌いな人にあったり恨めしい人ができたりの怨憎会苦。次には愛別離苦。愛してかわいがって大切にしている物に必ず別れる。これが四苦八苦です。これを無くすのにはどうしたらいいか。これにはいろんな先生がいてそれを説いたのですが、日本で一番偉い仏教の元祖の伝教大師と弘法大師。弘法大師は伝教大師より十歳若かった。

伝教大師は支那に行かないうちに日本で勉強しました。比叡山の大きなお寺を作ったのはこの人です。一千三百年前のその頃は比叡山には猿がいたと言います。偉い人ですね。坂本のある貧乏な武士の家で生まれたのですが、この人は民間では聖徳太子を除いて仏教界の最大の恩人です。この人が帰ってから日蓮宗でも、真言宗でも或いは浄土宗でも念仏宗でも其のほかのものでも、すべての仏教は皆これで教えているのです。伝教という人がね。偉い人ですね。この人の伝記を読むと絶対勉強になります。其の時分、唐が国だったのですが、日本の政府が金を出して五艘、十艘と船を仕立てて遣唐使として支那へ送ったのです。この人は十三回目かの遣唐使として弘法大師と一緒に支那へわたった。

弘法大師の船は四、五日目に南洋のほうに流されて一ヶ月目に支那の南の果てに着いた。ところが伝教大師の法は四ヶ月漂流したのです。毎日毎日大揺れに揺れて、残りの二艘は途中で壊れて乗っていた人は死んでしまった。今だと飛行機で四時間で行けるところを四ヶ月懸かったのです。すごい苦労をしたものです。実に苦労をしたものです。その時の帰路鑑真和尚という支那の偉い人を連れてきた。この人は三十代でぜひ日本で仏教を広めようと思い、決心して船に乗ったが、なんべん船出しても船が難破して、とうとう六十になるまで出国できなかった。辛抱強い人で何十年と船待ちをしていたのです。ついには六十から六十四になって目が見えなくなり困っていたところに伝教大師がきて、帰国するから一緒に行こうということになり、やっと日本に来た。六十四歳からこの人の布教伝道は始まったのです。ところがこの鑑真に光明皇后が深く帰依されて、癩病院を建てたり、施寮院、施薬院を建てたり、すっかり皇室は仏教宗になったのです。
(つづく)
19948月号No.683



ニューヨーク講演④桜沢如一

ニューヨーク講演④桜沢如一

桜沢 英語のクラスでDrバネットという人の奥さんですが黒人です。その人なんかもう二十くらい若くなりましたよ。足がこんなで苦しくて仕様がなかったのが今はにこにこしてはちきれそうです。それからもう一人は、ドクトルです。昨日も一昨日も来てましたが

この人などニュースクールで私の話を聞いてそれから実行し始めたんですね。喜びましてね。四~五日前に誠にしょげた格好で来たので「どうかしたのか」と聞くと「実に偉いことになった」というんです。毎週その妻に放りだされた訳ですね。それで妻に裁判によって一週百二十五ドル払えということになったというのです。月五百ドルです。その他に自分の生活費も要りますからね。子供もいますしね。それで困っているんですね。それが三白なんです。その人が。その原因全ては三白から来ているんです。三白の人は体が冷たいんです。情欲がない。特に性欲がないのです。そうなると女に嫌われてしまうし女は男に嫌われてしまう。それが元なんですよ。何でもない。ところが一昨日昨日あたりはもう晴れ晴れとした顔になって来たのです。

今、一生懸命玄米食べてるんです。今日「馬鹿に良い顔しているね」といったら「もう大丈夫大丈夫」。非常に輝かしい心持ちのいい顔になっているんですね。そこで僕は冗談で、「その調子でいったら女はあっちからもこっちからもたかって来て困るよ」といって笑ったのでしたがね。そんなわけで全て幸、不幸は身からでるのです。身からでたサビといいますからね。神様は貴方がたを不幸にしようとしてこの世を作ってるのではないんですからね、親の身にしてみたらどんな子に対しても不幸にしてやろうの病気にしてやろうのケガさしてやろうなんてないでしょう。もし苦しんでいる者があるとすれば親の心に背いている奴なんです。それが私はただ食物だけでいいというんですね。

-ただ初めの時体に精力が無くなりあっちへヒョロヒョロこっちへヒョロヒョロ。

桜沢 それでいいんです。東洋人は平和な国民でしてね。ポテストしないんです。不良少年、親殺し、人殺し、子殺し、これに食養をやらせたら貴方のようにみんなおとなしくなって悪いことをしなくなるんですよ。訳はないんです。これをアメリカ政府が頼みにくれば秘伝を教えてやるけどもね。貴方方ひとつ押しかけて行って秘伝を教えてやろうと言ったら何万ドルかのお礼をするでしょうね。

-先生、私は治ったので友人の病気を治してあげようと思うのですが・・・

桜沢 もう自分が治ったら少なくとも三百人お助けなさい。糖尿病は実に簡単ですからね。糖尿の人を連れて来てご覧なさい。必ず十日で糖が出来ないようにしますから。

-目の見えないのでもいいんですか。

桜沢 いいですよ。十年二十年三十年位までやりましたがね。古い糖尿を。大抵十日で治します。皆さんはもうそれぞれ相当な地位にいらっしゃるんでしょう?これを従業員や同僚に教えてやるだけでもたいしたご利益です。人を助けていくのですね。そうすると幸福が身についてくるのですからね。面白いでしょう。そして腕が上がってくる。ぜひやっていただきたい。幸いこの協会で関先生が非常に理解してくださったものですからこうして毎日のようにお話しが出来、食事も見本をみせて作ることが出来る訳ですからね。あなた、やってみればすることはなんでもないでしょう。

-えー今はもう何でもないです。

桜沢 始め十日間はね。玄米だけ。いくら食べても良いですからね。ただ一口を必ず五十回噛む。早く治ろうと思ったら百五十回噛む。そうすると大抵正直に五十回噛むと一時間位かかりますよ。百五十回噛んだら三時間かかりますね。これはこれだけなんです。これと胡麻塩ですね。ここで作っているような胡麻塩ですね。

-先生、陽性なものをどうして発見なさったのですか?

桜沢 やっぱりこれです。難有りです。私は生まれたときにもう死んでいたのです。死んで産まれた。五歳になるまでに何度か死にそこなった。棺桶を用意したことがあるそうですからね。それから五歳のときに父親がどこかへいってしまったし、十歳のときに母親が死んでしまった。母親は三十歳で死んでしまったのです。今思うと若いですね三十歳の娘だったのです。そうして四人の子供を手内職で養っていたのです。それで死んでしまったのです。それから妹が母親の後を追い弟も追い三人共皆死んでしまいわたし一人。そのわたしが十六歳から喀血し、いよいよだめだと言われたのです。でも死にたくないですよね。何としても生きたいと思って苦心惨憺してついに東洋医学の殿堂に入ったのです。だれに救ってもらったのでもないのです。東洋医学の本を勉強することによって立ち直ったのです

親もいなければ親類もない。金はもちろんない。それはまあその境遇になってご覧なさい。十歳で天涯孤独というのがどれほどつらいことか。その時分わたしは一枚の汚れた綿入れを着ていました。ひと冬着続けてどろどろになってしまった。子供ですねぇ。洗うのに綿入れをタライの水の中に入れて洗ってしまった。綿入れの水洗いという訳です。干しておいたら中の綿が下のほうに固まって上のほうは袷のようになってしまった。ご飯の炊き方も知らないでしょう?小豆ご飯が食べたくて一遍炊いてやろうと思ったのですが米五合に小豆五合入れて炊いたけど煮えない。絶対煮えない、煮えませんわね。そういうことをやってきたのです。それでわたしが十八?二十の歳にきれいに治ってしまった。病気という病気は皆治ってしまった。目が近視で乱視でトラホーム、鼻が蓄膿で耳が中耳炎、歯は皆歯槽膿漏そして喉が咽頭カタル。心臓が弱くてね、戸ががちゃんといってもふーっとなってね。胃は胃下垂の胃拡張、胃アトニー胃酸過多、そして痔があってインキンタムシがあってね(笑)もうひどいものですよ。わたしのやらない病気というのは婦人科の病気だけですよ。とにかくそんな苦労をした訳でこれなんですね。だから苦労多ければ難あり、すなわちありがとう。それを難ありと逃げたら絶対に幸福にならない。

そうでしょう。数学勉強するのにやさしい問題ばかりやって難しいのを避けていたらもう絶対卒業出来ない。ピアノやっていても難しい曲やらなければ絶対だめです。その難しいのが面白くならなければだめなのです。それには健康です。健康さえあれば難しいことが面白くなって優しいことがまづくなってくるのです。だからまず健康が第一。それではお解かりになりましたね。この五福というのは非常によいことですがなかなか達し難い。四苦八苦の征服、これまたなかなか難しい。それよりも何よりも心臓の悪いのや子宮の悪いのを治さなければだめです。今度ここで斎藤のむこうをはって立派な日本料理屋を作ろうという人が、昨日夫婦できました。素晴らしい、斎藤などそばにも寄れないような凝った建築で、建築家は日本から呼んでやらせているというのですがね。その人が来たのです。それよりこの間日系人会でお話ししたとき、その人を紹介されてちらっとみたのですが、そのとき吃驚したのです。これはいかん、二人ともいかん、旦那さんのほうは心臓が非常に悪い。奥さんのほうは足が腐ってくる病気です。

こちらで余り言いませんが足の悪くなる病気、ホーリングダウンあるいはスクレルダウンクラークと言うのですね。この病気です。まだ三十くらいの奥さんですがもうそれが見えているのです。それで来たとき「貴方随分足が悪いのですね」といったら六年前から足が痛むというのです。・・・昨日見えていたでしょう?君見たでしょう見えなかった?今晩来なかった?あーそれは実に気の毒です。今から事業を始めようというのでしょう?美しい人です。惜しいですねそういうのは・・・その原因は何かというと酢。酸っぱい物、サラダ、果物これなんです。

-それから酒ですか?

桜沢 いや、その女は酒は飲まないですね。酸は絶対使ってはいけません。全部アセッテックアシッドといって酢酸なのです。これは二十、三十年前には法律で禁止してあったものです。日本でもどこででもです。それを今堂々と売っているんですからね。

-サイダービネガーなんて・・・

桜沢 サイダービネガーにしても本当の物はないとわたしは思います。多分ケミカルなものだと私は思います。ビンをよく読んでご覧なさい。多分インテグレアムの所に何と何を使ってあるかが書いてありますよ。昨日もある人がやって来て、私は日本の醤油が好きで毎日食べているというのです。「それは危険ですからやめなさい」というと「いや絶対心配ない」というんです。それで早速ここの台所に醤油のビンを見てご覧なさいといって見せたのです。デンバーかどこかで作っているらしいけど立派なレッテルが貼ってある。老人にはよく見えないけど細かい字でシュガーがはいっている、蜜が入っている、マートが入ってるベゾリンオブソーダと書いてある。これがくせ者なんです。これ、劇薬です。これらが皆入ってると小さな字で書いてある。あそにも二本あるでしょう。

-腐らないようにするために入れるのでしょう?

桜沢 腐らないようにするために入れるのではないのです、ご存知でしょうが醤油というものは作るのにどうしても一年かかります。ところがそんなことをしていては商売になりません。百万円かけて一年待って、それから売りに出すのでは商売になりません。だからこのごろでは化学で塩酸もしくは硫酸など手につけたらピリピリとするようなものすごいものを使って二十四時間で醤油を作ってしまうのです。キッコーマンでもヒゲタでも全て二十四時間で作ってしまうのです。それを料理屋ではふんだんに使っているのですね。だからもう料理屋に行ったらおしまいです。今度岡島さんが非常にすばらしい体験をなさった。ちょっと皆さんにお知らせください。だいぶよくなっていたのでしょう?

-えぇよかったです。

桜沢 ところが難儀だったのですね。こんな困難なことはないと・・・それでとうとうコカコーラを半本飲んでしまった。そして翌朝残りを飲んでしまった。毒を食えば皿までというわけです。それから大変なことになった、三日間でしたか?

-はい、二十年ぶりで寝ました。

桜沢 悪いんですよ。絶対におやめなさい。コカコーラ社の社員は知っているから飲みませんよ。そういうものが氾濫しているのですからね。だから私などどこへいっても何も食べるものがない。ニューヨークで腹がすいても、食べようかと思うものがない。

-先生、何を見ても毒のような・・・

桜沢 また毒なのですから、本当に恐ろしい。ボンボンでもパンでもビスケットでも皆色がついているでしょう?この色がキャンセルジエンといってガンを作る元なのです。

(つづく)
19947月号No.682



ニューヨーク講演③桜沢如一

ニューヨーク講演③桜沢如一

幸福とは何か

桜沢 例えば私は好きなことばかりやっています。こればかり四十八年やっています。長い間もう乞食以下の生活をして来ました。

-私の知っている中で自分の好きなことをやっている人にあまり会ったことがない。

-どれが自分で好きなのか自分で分からない・・・

-皆、金もうける事業をやってますけどね。

-それが好きなんだったら・・・

桜沢 まぁいいですけどね。しかし、やっぱり本当言えばその事業やった金でね。何か楽しい楽なごちそうを食べて妾をもって、なんてそんな事考えている人が多いです。

-それはそう思っているだけで事業じゃない。

桜沢 あぁ、そうなんです。ですから私のこの定義ですね、幸福の定義って言うのはいかがですかね。ひとつお考えになってもし間違っていると思われたら注意して下さい。

-自分の好きなことといっても程度によりけりですな。人の嫌いなことだったら完全な好きではないですな、どうですか。

-どういうことでしょう。

-人の嫌いなことであったら百%好きでも完全な好きとは言えませんな。

桜沢 いや、そうは言えませんね。一生好きでいけることなら好きですよ。それはその人には。他の人には嫌いなことであっても。

-それは完全では無い気がしますが・・・。

桜沢 一生やってやってやり抜くということは出来ないですよ。嫌いなことを我慢してやっているとかね。あるいは嫌いな、他の人が嫌うとか言うことじゃ駄目なんです。

-あぁ、そうですか。

桜沢 そういう条件付けませんけれども自然にやれなくなりますよ。自然と。どんな仕事でも良いです。道路掃除でもどぶ掃除でも何でも良いんです。それが好きで好きでたまらなくなって楽しんでいるのなら良いです。お百姓さんですが毎年毎年、あのえらい田植えをやってますよ。日本ではね。このアメリカみたいに飛行機でバラバラと種蒔いて分ケツもしなければ田植えもしないなんてそんなのは無いですけどね。それでもやっぱり一生やって百歳になった、九十七歳まで田植えをしたお爺さんを知っていますよ。楽しみ抜いて何にも欲が無いです。欲離れしてね。どうでしょう。とにかく私の定義はそれです。この支那の本にも書いてある。もう何千年か前に書かれた物。偉い質問ですね。支那人はここまで考えている。アメリカ人の幸福なんていうのはこれでしょう。幸福という以上、これが皆そろわなくてはいけない。福だけならこれでも良いですけどね。これは沢山金が出来て幸福になっている。お金の為に幸福になった人は少ないですよ。イーストマンコダックの会社の社長の初代イーストマン。七十六でピストルで死にましたね。こんなつまらない世の中は無いと言って。エジソンどうですか。八十になって、私は六千種の発明をした、それは人類が幸福になると思ってやったんだと。ところが八十歳になってみるとちっとも世の中は幸福になっていない。ますます不幸になっている。このニューヨークのガス及び電灯はエジソンが作ったのですね。その時の妨害があったときの話なんか読むと身の毛がよだつようですがね。そんな訳で実際この福だけで幸福になった人も無ければ寿だけで幸福になった人もいないですね。

かえって八十、九十まで生きて、いい例が御木本幸吉さんです。キングオブパール(真珠王)。この人なんか九十六で死んだんですがね。この人は七十七から正食を始めたんです。そしてそこまで長生きしたんですが実は不幸なんです。三十八歳の時に奥さん死なれまして子供三人か四人残されてそれ以来ずっと独身ですよ。悲惨ですね。独身でもう真珠ばっかりに没頭していたんですね。小さい時は夜泣きうどん屋をやっていたんです。斎藤という家の姓ですが兄弟が八人もあったために御木本家にもらわれていって御木本という名になった。「私ほど不幸なものはありません」とある日御木本さんが言いました。「どうしてですか」多額納税者で貴族院議員で大したものなんですからね。王様みたいなものでしょう。それが一番不幸だと言うんです。何事かというと「私は妻と別れた。三十八歳で妻に死なれた。子供は準禁治産者、財産をやることが出来ない。法律によって禁じられている」悲惨でしょう。その次には若いときに保険に入ったんです。妻が死ぬ前にね。それを自分はもう七十から八十になりかけているのにまだ年々掛け金を払っている。二千円の保険金掛けたのにね。終身保険といって、死ななければくれないです。「イボンヌに告ぐ」という本を書いたのです。実にすばらしい本です。その次に「アジアの曙」というのを書いた。これもすばらし本です。今、来月あたり伊勢の大神宮さんがこれを再販して出しますが、いや立派なものですよ。この人なんかは、コーネイはあるし、修得はあるしこれは考えなくて良いしこれもある。ただこれが無い。何かひとつ欠けているのですね。九十六ですからね。この間わざわざ会いに行って来たんです。賢島へ。こっちの四苦八苦の無い人。四苦八苦もっていない人というのはもうざらですね。こんなふうに絶対に困っていない人も又珍しい。例えばこの間、閑院宮朝明王が死にましたね。五十八歳でね。自分の求めているものがないんじゃない、もっているものがなくなったんだからもうひとつ悪いんです。そして家族は断絶。皇后陛下のお兄さんですがね。良い人ですよ。実に良い人でしたね。これはこの間ミドル劇場でやっていましたね。酔いどれ天使という映画です。この主人公は肺病で血を吐きながら悪い事ばかりやっている。まあ、愛別世界はさらにあるし、苦しみと呪いはもうこれは世界中。西と東になって米ソの対立なんてものもある。ところがこれ全部をお釈迦様は保証してくれた。これが仏教ということになってしまったんです。キリスト教にしても神道にしてもジュイニーズムにしてもヒンズーイズムにしても皆同じ事です。皆これをねらっているのです。生長の家にしても。結局はそれで皆ひかれてくるのですからね。

-一寸質問。

桜沢 はい。

-ピースオブマインドというのは?

桜沢 それでこの間ドナルドキーン教授がピースオブマインドを求めろと言うのです。それは何故だと言ったんです。そのために禅をやるのだと。何故だと言ったんです。そしたらマインドがないんだと。何故ピースマインドが無いんだと言ったらコーンスペイションはある。便秘が治したくて治したくてしかたがないがどんな薬も駄目だ。それで禅でもやれば座って丹田に力を入れてやれば治るからと言うのです。禅が便秘の両方だってハッハッ・・・偉いことですね。私のやつはね、やっぱね。全て治しちゃう方法なんです。それを私は食物だけでやるのです。食物だけ。その理論を皆さんに・・・六十七年間私が広めて、きたえて全世界で特にヨーロッパでもう仕事は終了しましてパリに三軒、ブラッセルに四軒キャサブランカ、ドイツ、スイス、方々にグループが出来て猛烈な勢いで皆やっています。皆は日本の醤油、日本の味噌、胡麻塩、陰・陽なんて事を・・・。醤油、味噌、これらは皆英語、フランス語、ドイツ語になってしまっている。ヨーロッパでは字引にでてますからね、この頃。それほど広まったので少し手が空いて来ました。それで今度初めてこちらへ来たんです。この秘密をひとつ是非早く皆さんに話したいと思ってるいるのです。それでまあお始めになったんですね。今年に一人二人三人いらっしゃいますね。この前の第一回においでになった方が岡島さんと・・・

-岡村さんです。

桜沢 ああ岡村さん。

-関さんです。

桜沢 ああ貴方でしたか。

-先生おかげさまで足が治りました。

桜沢 良くなりましたか良かったですね。向こうで何百人あるでしょうか。数えてみたらロスアンゼルス、シスコ、ニューヨーク、何百人か治りましたね。時に良くなった人は布施夫人、実に美しくなって十年ぐらい若返った。一昨日の夜でしたか私のところへホワイテングさんが来ていたのです。そこへ関さんが入って来た。そうしたら関さん「あなたどうしたの若くなって美しくなったね」といってびっくりしていましたがすっかり治りましたよ。毎朝鏡をご覧になった・・・

-足が治ってからはしご段を上がりおりするのが楽でそれが楽しみなくらいになりました。

桜沢 楽しみが無かったんですね。ありがたいと思わなかったんだね、でも手術してご覧なさい。一日一万円懸かるそうですね。それで手術してもらって痛い思いをして金を取られてそして治らない、治る病気はありませんよ。相当あなたは意志が強かったね。

-それが難行だと思ったのです。

桜沢 それは難行じゃない、難行なさるのがありがたいんですよ、だからこう書くのです。有り難いとは難があるということです。難あり、すなわち有り難いと言う言葉がありますからね。この言葉は西洋には有りませんね。ありがたいという言葉は無いでしょ。

-先生、今は有り難いです。

桜沢 もしそんな間に私の前に来て、随分つらいなどと言ったら私はぷつっと切ってしまいますよ。絶対。始め十日間の修行が出来ない人にはもうお付き合いしないですからね。もっと苦しんでもっと悪くしてどうぞなんでもするからと言うふうになるまでは教えないことにしています。

-先生私は二十年苦しんだのですよ。

桜沢 まだ二十年は短いほうですよ。

-だからどんな苦しみでも辛抱出来たのです。

桜沢 そんなのはもうたくさん有るのですね。それは手術でも薬でも絶対に治らない病気なんです。
(つづく)
19946月号No.681


ニューヨーク講演②桜沢如一

ニューヨーク講演②桜沢如一

(つづき)
だからこればかりは自分では治せない。お母さんがよくないとだめなのです。だから木田さんのような耳の人はよほどお母さんに感謝しなくてはだめです。親父はだめですね。そういう人で偉くなっている人はここにもたくさんいます。一流の人でね。ウイクリー、タイムスなどの写真を見てますと一流の人物になっている人の耳はこういう耳です。えらいものです。これは皆彼らが偉いのではなくお母さんが偉いのです。彼らはさっぱりだめなのです。今度のローマ法王ですがあれなども理想的な耳です。大きな耳でぴたっとしている。ところがあれなどもお母さんが偉かったのですね。彼自身はお母さんからもらった遺産をいいことにして毎日食いつぶしている。そんなわけで耳はその人の有終の美をなす可能性があるかどうかを見る。三白の方は現在を表す。ですから注意なさってください。

 ところがこの幸福を身につけることはなかなか難しいのです。孔子でも七十になってやっとこの辺に近くなってきたわい、といったのですからね。五十の時まだだめだといったのですからね。五十になって(……)といって五十の歳から私のいうこの無双原理というのを勉強し始めたのですからね。孔子でさえそうなのですからね。孔子は五十いくつかのときに老子に逢って「才子なにをするか」といって非常に叱られた。孔子は偉い人だから「ほんとうにそのとおりです」といって帰り、弟子たちから「老子先生はどんな人でしたか?」ときかれ、「我、竜を見たり」といったというのです。この世にめったに出て来ない竜、天に昇るもの、これを見たといって奥へ入ってそれっきり何もいわなかった。老子のほうはわかっていたということですね。しかし老子に比べたら大変に違いますからね。それで私はどうして世の中にこんなに不幸な人ばかりあるのかとそればかり考えて……。

 この(五福?)反対側は四苦八苦というのです。一番大きな苦しみが四つある。八苦というのはそれにもう四つ加える。こちらは生物学的なもの、こちらは精神的心理的な苦しみです。四苦というのはもう皆ごぞんじでしょう?生きて行く苦しみ毎日の苦しみ、次は病になる苦しみ、次は老いの苦しみ、次は死の苦しみ、この四苦は知っていますね。ところが八苦、次の四苦は知らない。これは求苦、求めて得ず、一生懸命に探すがそれが手に入らない。

 つぎが五蘊盛苦、これは五蘊が燃え盛るという意味です。食欲、性欲、いろいろな肉体的欲望が燃え盛ってじっとしていられない、じっとしていられないから何かをすると、することなすこと全て失敗する。女をひっかけたりひっかけられたりですね。愛別離苦、愛するものに別れを告げる。子供に先立たれたり夫に先立たれたり、あるいは恋人と別れたりとても苦しい。

 次は怨憎会苦、憎しみやのろいに遇う苦しみ。遇うというばかりではなく自分が持つということもあります。あいつ恨めしいとか、あいつ憎らしいなどと思うことも四苦八苦のひとつなのです。心の中で誰かをねたんだりこの世の中に一人でも嫌いな人があったらそれが四苦八苦ということです。ということはこの世で逢う人をみんな好きにならなかったらだめなんです。これが四苦八苦の正体なのですからね。これみんなあるのではないですか?(笑)別れることは悲しい。あるいは得られないことは悲しい。憎い人は悲しい。みんなもっているのではないですか?

 ところがこれを二千五百年前にあるインドの森で生まれた青年が考え考えて、ついにこの四苦八苦全部を無くす方法を発明したのです。これ、大発明です。原子爆弾の発明とはだいぶ違います。東洋ではああいう大量殺人の機械は発明したことがないですね。東洋の発明したものは仏教、ジャイナ教、ヒンズー教、神道あるいは儒教など万人を救うものばかりです。ところがこちらの発明したものは科学というのですか。最後はすべて破壊するものです。最後の発明の一大集積が、化学の発明の最大傑作が原子爆弾、水素爆弾。だから東洋と西洋では全く方向が違うのです。だから我々東洋の人は百年来、もうあらゆる国が支那がインドがフィリピンが国を失った訳です。そんなふうになるのは当然なのです。西洋というのは破壊する力の非常に大きなものをもっているのですから。ちょうど男と女です。東洋が女で西洋が男だと思えばいいですね。西洋では女でも男のような人がいますからね。もう女という気がしないですね。そばにいってみてもぞっとするようなのがいる、我々のほうがよほど女らしい(笑)。

 ところで、こういう偉い仏教のようなものを発明した人が何千人いたか分からないのです。仏教にしても弘法にしても日蓮にしてもです。孔子だの老子だの何千人いたかわからないのです。ところがこの人たちの考え上げた理論というのは平和になること人を憎まないこと、恨まないこと苦しまないこと、悲しまないこと、そんな方法ばかり教えているのです。今、岡島さんがおっしゃったように、どんな苦難が来ても、ありがたいと思えばありがたい、といって澄ましているのです。これが東洋のいいところ、非常にいいところです。ところがそれも二千年三千年経つと年ふりて青カビが生えて皆、足で蹴飛ばして恩も愛も、この頃の若い青年は誰も知りません。親に対して礼をとる、などという子供は今日本でもまず少ない、実に少ない。一昨年東京に帰ったとき竹中組の社長に会いました。これはわたしの二十年らいの弟子なのです。ところがそのときお父さんの竹中こう衛門夫妻が一緒にみえたのです。そのとき驚きましたね。私をまず正座に据えてお父さんお母さんをその横に据えて自分は入り口の端に座って初めから終わりまでお父さんお母さんとね。こんな礼儀正しい青年は今時いないです。それも大会社の社長をしているのです。日本での五大建築会社の御曹司です。

 もう四十七、八ですかね。これがやっぱり二十五、六の年に恐ろしい病気があり駄目だったのですが私の所へ来てよくなって、それからずっと二十何年か私について、いうことを聞いてくれているのですがね。その親子共に食事をしてその行儀のよさに感心しましたが今、もうああいうのはいませんね。他に見たことがありません。

 この間私は奥野さんの所へ行きました。おせんべいやさんです。十一月の末でした。おせんべいで成功したというのはおもしろいでしょう?食べ物です第一ね。しかもそれは米を使います。しかもアメリカ式の技術で多量生産するのです。これは面白い、いっぺん見学して来ようと思っていたのです。そしたら驚きましたね。奥野さん高血圧で動けない。出て来ても何もしないでじっと安楽いすに寄りかかっている。そのうちに息子さんが出て来ましたが、ものすごく膨れた陰性になった顔をして目が三白眼なのです。それから私は調べて診て、診るだけですが、これは悪い、
最近に重大な事がこの人の上に降りかかってくるとおもいました。それで奥野さんに「あなたの高血圧は十日で治してあげますが息子さんの方はもっと重大なことが迫っているから余程注意しなくてはいけません」と言ったらそうしたら「どうしてそんなことが分かりますか」というから「それは私はもう四十八年間これを商売にしているから」と言ったら「実はこの間嫁と孫がガスで死んだ」というのです。悲惨ですね。初孫ができたばかり。それから「今度又結婚したんだけれどそれに又来ますか」と聞いたので「来ます。危険ですからすぐ一度いらっしゃい」と言ったのですが来ない。そしたらとうとうあの事件です。ご存じでしょう?それで奥野さんは一生かかって作り上げた事業も、もう駄目で精神的には死んでしまったのですね。おまけに高血圧があるから何時どういうことがあるのか分からないですね。息子はもう身体が悪いうえに精神面も悪い。親に対する態度なんてなっていない。これ三白眼です。これを治す方法を皆知らないでしょう?三白眼も治らないようじゃ駄目ですよ。

<質問あり>
桜沢 ちょっと来てご覧なさい。診ても良いかな、小さな眼ですね。大丈夫です。とにかくすべては相に現れているのです。だから人相観という商売があります。私のやっている無双原理の端くれをかじった人達なんです。東京である日、東京で私は大きな病院をもっていたのですが昭和十三年から芝新橋の田村町で五百坪ぐらいの大きな病院をもっていたのです。部屋が七十~八十あってその時分には珍しいものでしたがね。そこへ毎日毎日たくさんの人がやって来るのです。中でも徳川慶喜公の孫の松平ユキコ姫という人が家来を二人連れていらっしゃるのです。家来がなんて言っているのですね。世は昭和になっているというのにまだ家来を呼んでくださるですね。面白いおばさんでしたがね。そういうときのある日三つある待合室がどれもいっぱいで、大勢順番待ちをしている時ある人が入って来た。私は例によって顔を診ますね。そうして五、六分話していて見ると、ちゃんと紋付き羽織り袴で扇子をもっているんです。何かちょっと格式ばってね。それがぴたっと机の上に扇子を置いて頭を下げるのです。

「どうしたのですか?」と聞くと「はぁっ、恐れ入りました。もうお見破りになりましたか。」と言うのです。分からない、こっちはよく分からないんですがね。それは眼が三白になっているのはすぐ分かりましたよ。ところが耳は良い耳になっているのです。こういうふうに切れ込みがあり、耳たぶがこう切れ上がっているのです。耳たぶは離れていなければ駄目なのです。値打ちがないのです。くっついていては駄目なのです。これを小股と言うのです。小股の切れ上がった美人というのはこれなのです。美人もらうならこれに目をつけなければいけない。昔から女は眼百両、耳千両といって千両箱ひとつあったら一生遊んで行けたんですがそれに相当するのです。今なら一億円ぐらいのものでしょう。二十五万ドルぐらいにあたる。小股がなかったら災難です……ところがこの人は眼や鼻や口では絶対悪い相であるにもかかわらず耳が良い。耳の良い人はまず信用してよいですからね。絶対に悪いことをしませんから。ところがこの人は人相と耳が合わないから私はこっちの方ばかり診て居たのです。「どうしたんですか?」と言ったら名刺を取り出した。「私はこう言うものです。」というので見ると浅草の易者です。人相観の易者。(セキビョウ?)と争っている人なのです。

 偉い人でだれでも知っている人でしたがね。人相人事万般相談なんてね。それで「どういう訳ですか?」と聞くと「いやもうお見破りになりましたか。何を隠しましょうすっかり白状致します」「どうしたんです?」「先刻からジロジロを耳をご覧になる。実は私の耳は手術によって作らせた整形外科で作ってもらった耳です。私は人相観なので自分の耳が気になって仕方がない。それに家の中で不穏なことばかり起きてくる。息子が死んだり嫁が死んだりでね。どうもこれが悪いんだというので帝大病院で手術してもらった。そしてこういうふうに引っ張ってもらった」と言うのです。ところがどうにもそれが不自然なのですよ。取って付けた様でね。人相は悪い。悪人の人相をしていて、耳だけ善人ですからおかしいのです。それをはっきり白状したんですね。こういうのがある。これは自分で不幸続きだからといって耳を手術したんですね。ちょうど毎日雨ばかりで晴雨計がバロメーターが、いつでも雨のほうへ針がいっているので、硝子開けてグーッと針だけこっちへやって、明日お天気になるだろうといっているのと一緒なんですから、ますます悪くなる。そんなことがありました。ところで四苦八苦ですが、それを簡単に片づける方法を、長い間山に入って修行して、一人で食うや食わずで断食をして祈って、しっかり書き上げたのが仏教です。ところがその仏教の、四苦八苦を救うものであるという教えをすっかり忘れてしまって坊さんが病気をしている。そうでしょう、良く知っていますよ。そういうことになってしまったのですね。

 八苦の方は(……?)の四苦の方は全然話にならない。台所は火の車だというお寺は沢山あります。私はもうこれ四十年間日本でお寺ばかりで講演して全国歩いたのです。どこでもお寺に泊められるのが多いのですが、どこの家庭も実に不幸な家庭ですね。姫路のある寺のごときは大きな寺ですが、何の奥さんが精神病。娘を嫁に貰い手がない。こんなのもありますし、ある九州のお寺では仏教大学をでた二人の青年が二人共不良なのです。ですからもう仏教もキリスト教も神教も全てこういう苦の良いところを皆無くしてしまう。これを我々は復活しなくてはいけない。

 今ニューヨークでは仏教、特に禅というのが非常に流行っていますね。この間、私はコロンビヤ大学のドナルドキーン教授に会って来ましたが、この人は偉い人でして日本語が実に上手です。我々よりも上手いといっても良いですね。一時間ばかり話しましたが一言ももつれなかったですよ。間違わなかった。それで私は日本語を話せるようになるのに何年かかったかと聞いたら、私はどんな外国語でも二年でマスターする、ところが日本語ばかりは二十年かかったといいました。二十年だからあなた方はドナルドキーン先生でさえも二十年かかるものを皆ペラペラですからね、これは大したものですよ。どうです、よっぽどもうけなくてはいけませんね。日本語だけで。ところでしばらく話している内に色んなことが分かりましたが今、近松物を翻訳している。近松の義太夫です。ちょっと若い者には分かりませんわね。訳だって分からないし読めないですよ第一。字がこんなよ。えらいものですね。二十年です。そのときに言ったですね。この禅が今や非常に流行している。それから俳句が流行している。生花が流行りだした。それから日本の建築が流行っている。こうして日本のギフトショップが沢山でて来た。こんな日本ブームというものはどうなるんです?と言ったらもう絶対にこの日本ブームは後退しません、どこまで伸びるか分かりませんがけれども後退することは絶対にありません。現に私の大学に三十五人の学生が日本文学を研究している。その内の四~五人はベラベラ翻訳ができるようになっている。方丈記、徒然草、枕草子、樋口一葉、そんなものをベラベラ訳しているそうですよ。それでもう、ますます進む一方だと言うのです。
 この間、俳句の本が二万部売れたと言っていましたね。これはね、始め暴力をふるう男が女を馬鹿にして、殴ったりはつったりした挙句妻にしてみた。ところがその妻が実に貞操でいい女で賢くって仲なか良いところがあるんで今度は本当に惚れ出したっていうような話ですね。つまり日本とアメリカはこういう状態なんですね。暴力でつぶしてみたが精神力ではすっかり参ってしまった。男っていうのは皆こんなものですね。皆、女にいばっているけれど家に帰ったら頭が上がらないですね。私は戦争中に一辺参謀本部で話をしたことがあります。参謀本部の高級な人ばかり、皆金の鎖をつけた将軍連中、閣下連中ばかり。そしてその内にいろんな質問がでたんでうがね。その中には宮様も一人いましたかね。

 ある将軍がこう言いましたね。「どうして西洋と戦ってはいけないのか」「暴力で戦うということは本当の勝ちになりません」荒木大将が総理をやっていた時分ですがね。その翌日また荒木さんにあって午後半日かかって戦争をしてはいけないということを説いたんですが、その時に「戦争がどうしていけないか」なんだかんだ言うのですね。私は「それは絶対だめです閣下。絶対戦争やってはいけません。私、荒木さんに会うことになっていますがそれを説くために行くんです。その目的で私はフランスから帰って来たんです」「だって力で抑えないことには承知しないではないか」と。何しろもう「納得させるにはとにかく暴力でやらなくては駄目じゃないか」というのです。それで私は「暴力はいけません。暴力で勝ったって金力で勝ったって、学力で勝ったって駄目なんです。本当は人間は徳で勝たなくては駄目なんです。早い話があなたがたの中に奥さんに勝てる人がいますか」と聞いたら、皆大笑いで腹をかかえて笑って……皆負けるそうです帰ったらもう(笑)愉快なんです。そんなものですね。

 とにかくこの幸福、その裏からみても表からみてもどっちも難しいでしょう?私の幸福の定義はもっと簡単です。私自身三十~四十年も説いているんですが、まだだれも訂正してくれませんし抗議も申し込まれません。もし欠点があったら教えてください。これはね、好きなことを一生やってやり抜いて長い長い一生やり抜いて生きて行くこと。これが幸福ということ。好きなことをやってやってやり抜いて長い一生を送る。これが幸福です。あまり学究的な物ではなく実際的に好きなことをやってやってやり抜いて、そして長い楽しい生活を送る。どうですか。(参加者からなにか発言があるが聞き取れない)だれでも自分の好きなことは知っているのではないですか。

―知らない。アイドンノー。

桜沢 どうですか貴方方ご飯食べませんか。めし、食べませんか。飯、好きなんでは?

―好きと言って…ひとつピックアップ…好きなことね…
桜沢 そうじゃないんです、私の言うのは。好きなことをやってやってやり抜いてということです。なんでも良いのです。貴方が三味線を弾くのが好きなら三味線ばかり弾いとって一生…

―それはですな、仕事をしていると仕事をせずに、薔薇作りが好きだとその内嫌いになる…だから知らないということになるだろうと…

―あぁ私はそんなのではなしに一生やってやって勘能して行くことですな。
―それが何か好きなのか知らないんです。

桜沢 そうでしたね、それは人によって皆違いますよ好きなことは。
(つづく)
19945月号No.680


ニューヨーク講演①桜沢如一

ニューヨーク講演①桜沢如一 

幸福とは?

桜沢 わたしのお話というのは健康と幸福のお話です。この七年来私はインド、アフリカ、ドイツ、フランス、英国その他方々歩きまして、そして今度初めてここへ来た訳です。わたしたち人間は皆幸福と云うものを目指しているんですね。幸福、なかにはこれ以上幸福になろうなんで思わないという人もありますがね。別に幸福になろうとは思わない、ではその人はこの人生で何を望むのかというと、とにかく思うままに暮らしたい、大いに苦労もしてみたいなんて云っているのですが、そうするとそれはその人の幸福なのですからやっぱり幸福を願っている訳なので不幸を願っている人は恐らくいないと思うのです。

 いかかですか、ここの皆さんの中にあったらお目にかかりたいのですがまだそういう人にあったことはありません。ところが見ると、本当に幸福になっている人がいないのです。いかがですか、皆さんご承知ですかね。本当に幸福だと人が見ても自分が見ても幸福で楽しい生活をしているという人がなかなかいないのです。

 ここへくる人でひとりのイタリアの婦人がいます。この人はあのイーストリバーのところの素晴らしいアパートに住んでいるのですが、部屋が八つあって金ボタンをつけた門番が三人いるのです。行ってみると奇麗にしてあります。八つ共部屋はきれいにしてありますが、たった一人なのです。独身でもう二十年以上そこに一人、三百ドルのアパートだそうですが二十年以上も前からいるから安いのでしょうけれども、とにかくこんな立派な美しい賢い、絵を美しく描く人がどうして寂しい生活を一人でやっているのか。会って話を聞いてみるとやっぱりそれには相当の理由があるのです。相当不幸な人な人です。

 その他もう一人四十五番街のダーアンホテルに泊っている立派な紳士がいます。この人は米国人でサンフランシスコの人です。それでそのサンフランシスコの人の家へ呼ばれた事がありますが、これまた素晴らしいアパートでごっついものです。ところが一人なんです。これは弁護士でお金はずいぶんあるのでしょうが独り者なのです。歳は五十歳、それで五十年間一生懸命幸福を探して歩いているのですが、まだ見つからないらしい。気の毒なものです。それは素晴らしい人です。その人は日本人のためならなんでもやってくれる。今でも日本人が一人留守番をしているのです。部屋を貰って食事も何もこしらえて食べてもいい、そのうえ月に百五十ドル貰って昼はグレーハンドの自動車会社に行って自動車洗いをしている。五百ドル相当の収入がある。まだ二十七~二十八の青年です。

 その青年はどうしてそこへ来たのかというと、口入れ屋にどこか仕事の口はないかと頼んだというのです。そうして行ってみたらその人がいて、いまはもう百万長者の一人息子のようなものです。この弁護士はニューヨークへ来ていま八ヶ月目ですがニューヨークに還らないで二~三日中にフランスへ行くそうで、またここへ帰ってくるという。この間ここへ見えましたが、しかし、寂しい人です。たった独り、天にも地にもたった独り、しかも頼りになるのは、一切の財産を任せて番をさせているのは、この間来たばかりの何もよく分からない日本の青年。不思議なものですね。本当の夫婦そろって子供も沢山もって楽しいなんて家庭はなかなかないですね。どうしてこんなことになるのでしょうか。皆幸福をねがっているのでしょう?まあ、第一その幸福というのが問題ですが、あなたがたの幸福というものがいったいどういうものかお考えにいなっていますか?どうですあなた、あなたのお考えでは幸福というのは一口にいえばどんなことですか?あなたは?

―うんうん、まぁすこし幸福ですね。

桜沢 わたしの場合は宗教方面から考えて、すべて貧乏であろうが金持ちであろうが立派な暮らしをしようがしましが感謝感謝でその日を過ごし且つ、健康でしたらこれが幸福だと…。それは…実際…ところがなかなかできかね、それがなかなかできない。やっているつもりでも病気になったり自動車に引っかけられたりコカコーラをのみすぎたり(笑)、自分が自分に謀反をするのですから困ったものです。

―感謝が足りないのですか?

桜沢 それはいいことをおっしゃいましたね、一言でいえば感謝。もしくは恩を知る心なんです。恩を知っている。天地の恩なんていうのを知っている。幸福というものは恩を知っている人だけにくるものだとこう言ってもいいのです。けれどそれはまだ幸福の定義にはならないのです。幸福とは何ぞや、これが皆分からないのですよ。たとえばヒルティという人を挙げますが、これはあの20世紀の聖人といわれているスイスの人でもう亡くなりましたが、「幸福について」という本を書きました。「眠られぬ夜のために」というのが岩波文庫から出ていますから一度読んでご覧なさい。幸福の事ばかりの五冊続きの本です。こんなに大きくかかれては分からないですが、もっと簡単に一口でいかがですかあなたは?

―私もみなさんと同じで…今までそう思いませんでしたが幸福で、健康で、その日その日を送られるのが一番ありがたいと思って感謝致しておりますけどね。

桜沢 あなたはいかがですか?

―わたしはやっぱりなんですね、自分で感謝していますと要するにその欲望がなくなるんですね。やっぱり感謝というものをしないことには腹が立ちます、立ちますからここへくるんです。感謝をすればありがたく、ありがたくなれば喜びですわね。ありがたいということは喜びで、喜びはまあ幸福ですね、それはたしかに。ところがそれは修養を積んだ人でないとなかなかできないのです。

―時に、昔の本に坊さんやあるいは聖人が、人のできない感謝をして、幸せを知らずにいる人を感化したということを読みましたが

桜沢 まあそういう精神修養の話はたくさんあります。京都の一灯園の西田天香さんです。今八十七歳ですかね。あの人は六十六のときにこの我々の食養法で救われたのです。わたしが救ったのです。その後会うたびにおかげさまでといってね、喜んでいらっしゃるのですがね。

―八十七歳のときですか?

桜沢 六十六のときです。もうだめだったのですが、それからなんと二十年以上長生きしましたね。ところがわたしがその人を治してから毎年夏の講習に、この人の家に呼ばれましてね。全国から何百人という信徒が集まってきて二週間の講義があるのです。何百人という人がご飯を食べるのでご飯を入れるお鉢がとても大きいのです。一日に何俵かを炊くのです。それがいっぺいにきれいに無くなってしまうのです。

 ところがその窯を焚くおばさんが私に「ちょっとお尋ねしたいことがある」という。「何ですか」といいますと「実はわたしに十歳になる男の子供が一人います。主人は亡くなってもういません。ところがその息子が唖で聾なのです。こんな目に遭ったらどうしてもありがたい、ありがたいといってその子を抱いている訳には行かない。そこで天香さんに相談するとそれも何かの因縁だからありがたいと思えとおっしゃいます。けれどもどうしても思えません。どうしたらいいでしょう」というのです。

 そこでわたしが引き受けようといって教えたのです。そうしたら一カ月で治ったのです。一カ月目にのある日、夏でしたが「アチュイ」とその子がいったのです。それからぺらぺらしゃべるようになりまして、四十五~六歳ぐらいのそのお母さんは涙を流して喜びました。

 そんなわけで、どんなにありがたいと思おうとしても高血圧があったり目がみえなかったり、耳が聞こえなかったり子供が病気になったり自動車でケガしたりなんかすると幸福だと思えませんね。どうですか。木田さんの長年のご経験ではどういう結論になりますか?

 これはね、支那人は人生の五福ということをいっています。人生に五つの福がある、というのです。五福、その第一が寿、これは病まない、老いない、そして長生きする、それを寿というのです。つまり健康です。健康で病気しないでそして早死にしないで長生きするというのです。これが寿。

 その次が福、この福はこの字の示すとおり偏が神という字になっています。神偏に一をひいて口をひいて田を書いてある。神仏を尊敬する人であって一家中の口がすっかり食べ養われてなにもくよくよすることが無い、金銭のことで困らないということなのです。といってロックフェラーのような巨万の富を持つという事ではないのです。福というのは福ぶくしい相だといいますがこれは金持ちだということではないのです。これが第二、第三は好例、これは無事息災で絶対にケガや災難で若死にすることがない安心した状態ということです。安らかさ、セキュリティという意味です。その次には好修徳といって道を楽しむということが好きなのです。正しい道、正義であるとか自由であるとか仏の道であるとか悟りであるとか、とにかく陰徳を積む事を好む、陰徳を積むことが楽しみである、これ間違いない。好修徳。

 五番目が好終命。これは一生全体を考えて最後に悪くならないように、これは言い換えると有終というのです。最終が幸福のうちに終わるように有終、それを始終考える。有終の美をつんでそして最後の楽しく大往生を遂げるということをもって、そこまでいって、これだけそろってそのひとは幸福だったといえる。

 ここまででではいけない、ここまででもいけない。この間ロスアンゼルスで百歳のおじいさんで保坂さんのお父さんですが、まだ健在で九州でピンピンしているといって孫から写真を見せて貰ったのですが、これは完全にこれがそろった相の人でした。それが皆人間の顔に相として出るのです。だから人相が悪いと何かが悪いのですね。実に人相というものは難しいもので、十六歳以後の人相は皆自分が作るのです。それまでは親が作るのです。それから先は自分の意志で変わっていくのです。

―五福そろった人にあいましたか?

桜沢 なかなかいないですね実に…まだ私は会ったことがない。

―修養の積んだような

桜沢 私は四十八年、世界中を歩いて探して回っているのですが、まだ逢ったことがない。悲惨ですね実に。それで新聞を見ると毎日スキャンダラスだのアンハッピネスばかりの記事で幸福記事が一つも無い。やれホールドアップだの、やれギャングだやれ殺人だ、なんだのって何にも幸福ニュースというのがありません。するとこの世は地獄だということになる。

 ニューヨーク高島屋のミチオ(久司道夫)はまだ来ませんがミチオから聞くと、もうこのニューヨークでは毎晩のようにホールドアップがある。でも新聞にはちっとも出ないじゃないかというと、そんなものは珍しくも何ともないというのです。高島屋付近では週に二回はギャングがあるというのです。この間も二人殺されたというのです。恐ろしい所です。ミチオはこの間殺されかけたのです。それは夜遅く二時頃仕事を終えて一人とぼとぼ降りて出て来た。忘れ物をしたので取りに帰って部屋に入ったとたん、大きなピストルが出て来た。「おまえは誰だ」「僕はここのディレクターだ」「ウソを云うな、外を見ろちゃんとあのとおり警官の自動車がずっと取りまいているぞ」というのです。というのはあの辺の会社や銀行は全て特別な私立探偵会社というのですか、防犯の会社があるそうです。そこへ頼んでおくと一晩中見回ってくれ最後にカギを降ろしたらベルがなって、この部屋にはもう誰も居ないというのが分かる、だからその後で行ってドアを開けたら二分とかからないうちに皆やってくるのです。だから「おまえは誰だ、ウソをいうな」というわけでミチオはすっかり青くなってしまった。とにかく幸福な人がいないですね。それで幸福でない人を見分ける方法は三白眼です。これは一番見やすい。誰か人がやってくる。この人が良い人か悪いか目をみればすぐ分かる。

不幸を呼ぶ相を見分ける法―その1・目

―どうなっているのですか?

桜沢 三白眼というのは目玉の上と下が白い。これが人間のノーマルな目でツーホワイトというのです。ところが三白眼になると目玉の三方が白くなる。スリーホワイトになる。最近ここである一人の男に逢いました。ユダヤ人です。あまりしげしげとやってくるのでつい私の仕事を手伝って貰ったのです。本を。そしたら二~三日でやってくるといっていたのに一週間すぎても持って来ない、それで皆さんにお約束したのですが渡すことができなくなった。それが三白眼なのです。始め十二月に逢ったときには…あぁ三白眼だよ…と皆と見てたので注意していたのですが、果たせるかなやられました。この私が。知っているだけではだめなんです。断行しなくては。ところがなかなかセンチメンタルがあってあまり親しく慕われるとついまかせてしまうのですね人間は。

 目の三白と耳の格好だけは人相学上一生変わりません。だからそこでみるのが一番いいのです。顔の形から鼻の形、眉の形から眉間の幅、唇のおおきさからいろいろあります。何千という特徴がありますが一番素人に覚えやすいのは三白です。帰ったらあなたがたの家にだれかいるのではないか見回してご覧なさい(笑)。この頃不良少年が親を殺すのが多いでしょう?あるいは身代限りをする子供、禁治産になる子供こういのは全てこれになっている。それを親が知らない。この間もナチスの三人組というのがきて新聞に出ていましたね。ニューヨークの青年で…ドイツ系統のナチスを選ぼう、新しいナチスを…という運動が起こっている。三人の写真が新聞に出ていましたが三人とも三白です。明日にでも郵便局にいってご覧なさい、どこの郵便局にも尋ね人というのが何人かは出ていますが全部三白です。

―郵便局で見ました。

―もうああいうことをする人は…

―白人の目は大きいからそう見えるのではありませんか?

桜沢 いや、日本人の中にもたくさんあります。私の学生の一人にも、女で妻でという人がいたのですが十一月に着いて逢ってびっくりしたのです。…おまえは三白だ。えらい女をもらったもんだ。これは問題が起こるよ…どうしたら治りますか…それから一生懸命に私のいうとおりのことをやったのです。そうしたらとうとう二カ月で治ってしまった。ゆうび来たのを見てびっくりしました。全くの別人のようになって妊娠八カ月ですが、三白の子供を産まないでよかったと思っています。どんなことでも変わることがあります。この世の中でシンポッシブルな事は無いのです。例えば「汝ら信仰うすきものよ汝ら、もし、からしの種ほどの信仰があるならばあの山に向かって海に入れ」という。そうすると山が海に入ってしまう。この世の中にできざることはないとキリストがいったのです。それと一緒でどんなことでもできないことは無いのです。

その2・耳
―先生、三白と耳とどういう……。

桜沢 三白の方は十年ぐらい悪い食べ物を食べ続けていると皆三白になる。だからここは今非常に多いのです。電車の中でもタクシーに乗っても運転手を見てもとても多いのでびっくりします。こんな国はありません。

―頭をこう下に向けて…。

―頭を下にしなくても頭の位置に関係なく…。

―頭を下げて上目使いにみる…。

桜沢 それが始まりなのです。人と話しているときに頭を始終下げている人がいるでしょう。これがやはり三白になる下地なのです。これは皆食べ物からくるのです。

―そういう人の耳はどうですか。

桜沢 そんな人の耳には、いい耳もあれば悪い耳もあります。三白は十年位でできるものですが、耳のほうは一生変わらないものなのです。いくら悪い物を食べたって耳の形を替える法はないのです。だから耳を見れば一番よく分かります。

―でも先生、ふわっとした耳とか、ぶらさがった耳があるとおっしゃいましたね。

桜沢 えぇ、例えば木田さんの耳ですね、ぴたっとくっついています。これは理想的な耳です。そちらのあなたの耳もね。…ちょっと見せてください(笑)…よくねています。こうなっている人がいるでしょう?(ポーズをしている?)これは実に不幸な目にあいます。だいたい耳はこうなっている(板書?)この耳たぶが大きいほどよい。そしてこの角度が横面に平行しているのが一番いい。私など悪いのですよ(笑)それで治そうとして一生懸命なのですが…。

―で先生、聞こえるでしょう?

―いやぁ、こちらに百八十度こちらに百八十度とこうなっていると絶対後ろから人が来ても分からないし自動車がやって来ても分からないですよ。ちょっとやってご覧なさい。非常に感じが違います。だからこの位置でその人の一生が決まってしまうのです。
(つづく)
19944月号No.679