ニューヨーク講演⑥桜沢如一
幸福の条件
桜沢 それから六〇〇年、七〇〇年たってから日蓮だの親鸞だの蓮如だのいろんな人が出ましたがね、もうこの人なくしては日本の仏教はなかった訳ですね。ところがこの人たちの言うことを簡単に言いますと、要するにひっくるめて実用的にいいますとこれは念仏を言えと、或いは唱名を言えと、或いは南無妙法蓮華経を唱えていればいい、或いはマカハラミタシンギョウを唱えていればいいと、そういうことになってしまったのですね。それでいまのところはもう長い間なんにも効能がなくなってしまったのですね。いくら念仏を唱えても極楽へ行けないし幸福になれない。親鸞聖人のごときははっきりと、地獄行の切符か天国行の切符か知らない、と言っているのですね。
こう言って決定したものだから一般の人は困るのですね。それで散々仏教の試練の時代がくるのですね。要するに全部ひっくるめて言えば、念仏ということも或いは南無妙法蓮華経ということも或いはマカハラミタシンギョウということも何でもすべて念仏ということに翻訳できますね。念仏というのは唯、南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経と言っていることではないのです。仏を念ずることなのです。念ずるということとは今というのは全世界、全宇宙が今あるのですよ。それを心にせよ、ということなのです。ただ口先だけで唱名を唱えているなどというのはとんでもないことです。仏とは悟ったものということなのです。全宇宙の構造を悟ったものです。その全宇宙の構造を念念に念じていくと、刻刻に念じていくという事なのです。
ところが口先だけでいいということになってしまったのですね。ここに仏教の大失敗があるのですね。もっとも初めは親鸞にしても伝教にしても、そういうふうに教えたのですけれども長年の間に忘れてしまって口先だけで唱えることになってしまった。まあそれでも悪いことではありません。決して悪いことではないですけれども一向に御利益がなかったのです。日本の昔は実に悲惨なものだったですね。百姓、商人はもう撫で斬り御免で切り捨て御免でどんな目に遭っても土下座しなくてはならなかった。まあ侍の中には偉い人もいたけれど悪いのもいましたね。いろんな悲惨な問題もありますね。例えば佐倉宗吾、或いは大塩平八郎などいろんな悲惨な話がたくさんありますね。
さて、私のいう方法はこの間お話ししましたかね、先ず第一に幸福というものは、これは幸福になる道ですね。幸福の条件ですね。私の幸福の条件というのはまず第一に疲れない、絶対に疲れない、風邪を引く腹が痛い、頭が痛い、なんだかかったるい、などと絶対に言わない。第二、よく寝る。枕に頭を乗せたら三分間でぐーっと寝て朝まで何にも知らないし動きもしなければ寝言も言わない。ましてや寝小便などはしない。起きるときは、定めた時間が来たらバネ仕掛けのように目が開いて飛び起きる。寝るときにうつぶせになって寝る子供が時々いますね。これは必ず不良になる子供です。この国ではそうしろと言っている。
それはみんな子供がそういうふうに寝るからこれがいいんだなと思っているのでしょう?それは絶対にいけないことなのです。それをやる子供は必ず不良、親殺しになるのです。だからそんな子供がいたら早くどこか育児園とかにやってしまったほうがいいですよ。それから枕を外す子供があったら、だいたいこちらのは枕が低いですね。おまけに枕には羽が入っていますね。これは絶対にいけません。頭は陰性なる所ですからね。一番冷たくしなければいけない。だから一番上においてある。犬などになると下等動物ですから足の中に頭を巻き込んで寝ている。馬などは立って寝ますね。絶対横にならない。頭が高いところにあるものほど賢いのです。だから赤ん坊のころから頭を中に入れて寝るようだと大変なことです。
枕を外すようなものには絶対に学問の必要なし。学校にやる必要なし。絶対に成績が悪い。学者にしようとか判断力をつけてやろうと思ったら頭を高くしなけらばいけない。まして羽布団にしてはいけない。中に入れるもので一番いいものは蕎麦のからです。或いは小豆、或いは木、陶器、石のような硬いもの、熱の不良導体がいいです。
-先生、お茶殻がどうですか?
桜沢 お茶殻もいいですね。そしてよく寝るということはお解かりになりましたね。必ず睡眠は四十歳以後は四時間以上寝てはいけません。最大六時間です。もう大人で七時間、八時間ねるなんてことだとね、人生半分寝ているのですからもうどうにもならない。寝るということは非常に悪い習慣なのです。私は十七、八のころから寝ないことを勉強して来ました。十七、八のころから大体六時間以上絶対寝ないことにしているのです。
五十歳以後は絶対四時間以上寝ないことにしているのです。もうあと一、二年で今度は二時間以上絶対寝ないようにしようと思っています。今ずっとそれをやっています。それから三番は食欲がある、何でも美味しいというのですね。ご飯とタクアンだけあったら良い。梅干しだけでも良い、ご飯と塩だけでも良い。伊井大老。あの人などは十三人目の子どもだそうですが長屋におかれてね。日記にこんなことが書かれています。采は塩にて事足れり。
塩だけで結構だと言うことです。そんな偉い人だからペルリ、ハリスが来て国難極まったときにも泰然として善処して戦争をせずに占領されずに国民を守った訳です。そういう偉い人が塩だけで飯を食ったのです。リンカーンもそうでしょう?学校に行ったこともなければ字引も買ったことがない。非常な貧乏のどん底で生きていましたね。そういうのがいいのですね。ここまでが生理的な条件で体からの面です。四番は忘れない。物忘れしない。絶対に物忘れしない。よくありますね。このごろ手紙をいただいた。
長く神官をやっている人です。もう七十になるのですがこの人が最近ロサンゼルスのポールリシャールというフランスの大詩人に手紙を出したそうです。この人は今から四十五年前「日本に告ぐ」という詩集を書きまして世界中にばらまいた。私は四十五年前その本を読んで、なんてまぁ日本という国は素晴らしいのだろうということをフランスの詩人に教えてもらいました。それからいつも忘れたことがないのです。一度この偉い人にあってみたいということを。ところがその人の奥さんは今インドでポンリッテリー大学の学長で八十六歳、インドの女王と言われています。
マンダーオブインディと言うことです。その人に七年前会って聞いたのです。そしたらあのポールリシャールはどこへ行ったか分からないというのです。それでもうこの世では会えないと思っていたのですが、ここへゆうべ来ていた奥さんが「ポールリシャールは私の先生で時々ここへおいでになる」ということです。びっくりしましてね。「ほんとうか?」というと「本当だ、ロサンゼルスにいる」というのですぐ飛んで行って会いました。八十六でもうよぼよぼです。その人の書いた本が二冊、日本で出ています。
今から四十六年前。私は四十五年ぐらいこの人にあこがれていたのですから恋人という訳です。偶然今度会ったのですが非常な喜びでロスにいる間その家に毎日会いに行きました。弱くてどうにもならない。そこでさっそく玄米をたべるよう言いました。玄米なんて食べた事がない。白米なら食べたことあるけれどもね。「なにを食べているのか」と聞くと「毎日コーヒーに砂糖をいれて一日三回飲む」と言うのです。それではだれでも高血圧になると言うと「高血圧で困っている」というのです。
それで何もかも皆やめるように言いました。そうしたら四日目に朝六時から鼻血が出だしたと言うのです。八時になってもまだ止まらないといって電話をかけて来た。そこですぐ電話で鼻血を止める法というのを教えたのです。そしたらすぐ後から電話でもう止まったといってかかって来た。びっくりしましてそれからますます仲良くなりました。その人の本を日本で伊勢の大神宮さんが出しているのです。驚いたものですね。伊勢の大神宮さんの信仰がますますこのごろ盛んになって来た。不思議ですね。戦争で神社神道みな焼き払われたのにまた猛然と。
そしてもう一つ偶然にこのポールリシャール先生の手紙ですが、フランス人ですがもう五十年前にフランスを出て日本に六年いたのです。私の友人の大川周明という人のうちに六年間居候をしていたのです。奥さんを連れて来てね。それでも私は会えなかったのですからね。今度もう非常に喜びの手紙です。あなたが発って以来、おいおいと順調になって来た。このごろ毎日町に散歩に降りて行く。ロサンゼルスの山の上にいるのです。天文台のそばの。毎日町に遊びに行くのだというのです。偉いものですね。この人のお陰で日本人がどれほどごやっかいになっているか分からないのです。この人の詩集でね。
いまから四十年前日本人は士気を鼓舞されたのです。私もその一人です。ところが今貧乏していて尾羽打ち枯らして一人いるのです。それで私は行く度に餅をもって行ったり色々なものをもって行くのですが喜びましてね。日本のお餅は四十六年振りだといっておがんでね。お酒をもって行ってあげたりね。あるロサンゼルスの文化人が集まって「日本人がポールリシャール先生に話を聞きたい」そういったものをつくってくれないかといって関口先生だの商工会議所の竹田さんだの皆お願いしてきたのですがね。多分できるようになるでしょう。とても喜んでいますよ。貴方がたも一度機会があったらあってごらんなさい。
八十七歳になりますかね今度。この人は日本にほれ込んで四十年捧げた。今度こういう本を書いて来ました。アリーナユニバース、つまり幾何学者の見たる宇宙という本で難しい本です。どうして貴方はこんな本を書いたのかと聞きますと、二十年原子物理学を研究した。六十五の歳から原子物理学を研究しだした。偉いおじいさんですね。どうです?原子物理学というものはそもそも人類の破綻を招くものである。これはどうしても日本や東洋の仏教や神道の根底になっている宇宙世界観、これを取り入れなければ今の原子物理学は滅亡に陥るという結論なのです。驚きましたねこの論理は。やがて出るでしょうがね。
そんな隠れた人がロサンゼルスの山の中に居るのですよ。だから日本人はよっぽど感謝しなければいけません。五十年以上、世界流浪の旅をしている。日本は敗けたのではない、日本こそ東和の光であるという結論なのですよこの本は。それがアメリカで出るというのですからね。えらいことになりました。この人がやはり精神がいいものだから四十五年ぶりで私に会ったという訳です。
すると見る見る毎日毎日よくなって来ました。それは素直な人でしていろいろ話しているうちに「私は食物が専門なのだ」といったら「どういうものが良いのだ」と言うから「良い物よりまず悪い物をやめたら良いのだ」といったのです。「どんなものがわるいのか」と聞くので「まず貴方の好きな砂糖がいけない」といった。そうしたら困ったようだったが「よしやめよう」その日からもう一粒も食べない。
(つづく)
1994年9月号No.684