2011/07/27

投稿レシピコンテスト!

曇り空だとすこしほっとする今日この頃。
リマ・クッキングスクールもつかの間の夏休み。
と言いましても、講座がない時も秋からの準備や、
試作会のまとめのまとめ等に追われております。

7/18(月)に無事、120回目の夏期試作会を終える事ができました。
ご参加をいただいた修了生のみなさま、暑い中お疲れさまでした。
すばらしい作品が勢ぞろいで、先生方も審査が大変だったそうです。
また追ってレポートの予定です。

さて!試作会の華やかな作品を写真に収めている方も多く見かけましたが、
ぜひその腕によりをかけた「マクロビオティック料理」をネットで披露しませんか?
いまなら豪華商品も用意して、投稿レシピコンテストを実施中なのです。
食欲の落ちる夏だからこそ、しっかり食事を!ということで
夏野菜や植物たんぱくを使ったオリジナルレシピを募集しています。

夏野菜レシピのご参考として...7/16師範科講座より。
こちらは師範科の岡田シェフの講座で大好評だった、
『ズッキーニとスプラウトのミントサラダ、ナッツソース添え』
見た目の美しさはもちろん!ズッキーニの切り方にもご注目。
なんだか食欲が湧いてきませんか?

ぜひぜひみなさまからの「投稿レシピ」をお待ちしております!!

2011/07/22

若杉ばあちゃん食養のおしえ

久々の新刊のご紹介です。














「野草の力をいただいて」 若杉 友子著  五月書房  ¥1,575円

京都府綾部市の山中にて自給自足生活を実践する、「若杉ばあちゃん」こと、若杉友子さん。
70歳を超えても老眼鏡・補聴器いらず、自転車を飛ばして遠乗りし、縄跳びやスクワットも軽々こなす、そんな若杉ばあちゃんの元気のわけは、野草の力、草の生命力をいただく事。F1種(品質改良された種)ではなく、在来種の野菜や野草のような、いのちある野菜を食べることなのです。

 
この本には、四季折々の野草レシピ、野草を使った傷や病の手当など、ばあちゃんのとっておきの知恵が沢山盛り込まれています。また、ばあちゃんの生活の場や仲間や道具たち、そして周囲に生えている種々雑多な野草が美しいカラー写真でたっぷりと紹介されているのですが、それは「若杉ばあちゃんに会いたい」「ばあちゃんの暮らしが見たい」とのばあちゃんファンの声に答え、誰もが「ばあちゃんに会ったように思える」「ばあちゃんの家に行った気になる」本を目指したのだそうです。

本文中でばあちゃんは、
「陰と陽、食材の性質を見極めて、日や調味料をうまく使って、
からだの調子を整えていくのが、料理の極意。
マクロビオティックの創始者、桜沢如一も『陰陽の勉強は一生だ!』と言っている。
陰陽は、一日二日でわかるもんじゃない。
吐いて吸って、飲んで食べて、排泄して、寝て起きて、
生きることすべてが、限りなく延々と、陰陽。
日々の暮らしのなかで、からだといのちで実感・共感しながら、
一生かけて学んでいくもの。」
とマクロビオティックの陰陽の大切さを伝えています。

ばあちゃんは、マクロビオティックが単なる食事療法ではないということを、日々の生活の中で実践し、見せてくれてもいます。どうぞ一度お手にとってご覧下さい。
若杉ばあちゃんとともに、マクロビオティックな日々にワープしたような感覚になりますよ。

「野草の力をいただいて」 若杉 友子著  五月書房  ¥1,575円

2011/07/21

日本CI協会でマクロビオティックとヨガを総合的に学んでみましょう!

「2011年 マクロビオティック・ヨガ教室」



左右二つの目を瞑ることから、一つの”心”で見ようとする目
(心眼などの知覚力)が啓かれます。
自分自身の内面と目に見えない世界の理解も深めてみましょう。
近くのもの(画面など)を見る時間が多い方も、1日数分の瞑想
の積み重ねから、ストレスにつながりやすい目の疲れが癒され、
心の目も養われます。


【6月の講義内容】
 マクロビオティック・ヨガ式 修正法について、テーマポーズなどを通じ、ご参加いただけた方々の苦手ポーズを中心に、難しかったポーズが楽にできるような実習を行いました。
基本的な前屈や開脚のポーズでの修正法の実践では、すぐに数センチ単位でポーズが改善する結果が現れた方もいらっしゃいます。

【7月の予告】
 道具(ヨガベルト(手ぬぐいなど)・ブロック・竹棒・ストレッチポール・椅子・ボールなど)を使った楽しく毎日実践できるヨガを行いながら、身体の浄化と強化を行います。時間や取り決めの規制が多いフランチャイズ的なスポーツクラブやジムのヨガクラスとは一味違う、求道実行ヨガの面白さを体験してみましょう。マクロビオティック・ヨガ式 浄化法・強化法について、呼吸法や瞑想法も活用して実践いたします。

【8月のテーマとアサナの要点】
 マクロビオティック・ヨガによる社会貢献と世界の平和について、市民が国や行政に頼らずに立法化し、大人よりも若者のほうがその意義や役割をよく理解している人達が多いと言われる「NPO」や「NGO」の活動の紹介と、国や地方自治行政に頼らず社会貢献活動をしているヨガの奉仕活動などについて情報を交換させていただきたいと思います。
 そして、自分自身のためのヨガから、身の周りの家族やお付き合いのある人々と、さらに社会や国・世界に向けたヨガ活動への意識改革も必要な時代です。
 具体的には、まず健康であることで公共エネルギーの消費を抑えられるような丈夫な身体と心が養われ、我欲の追求からの物質的な依存と権力や地位へのこだわりや囚われもなくなり、自由で楽しい生き方にシフトすることができると思います。
 マクロビオティック・ヨガの瞑想や座方の実践から、貴方にしかできない奉仕的で慈悲と愛情に満ち溢れたヨガの役割を見出してみましょう。


鳩のポーズ
肩と脊椎を強く伸ばし、ホルモンの分泌の調整を助ける働きもあります

弓のポーズ
背骨の柔軟性を高め、腹部を整えます。
腰痛を和らげる効果もあります。

バッタのポーズ
背筋を強化します。
 胸を開くので呼吸が整えられ、精神的な疲労を和らげます。
橋(アーチ)のポーズ
全身の筋肉を使って行い、前部を開き背骨にもストレッチ効果があります。
※ポーズのモデル及び説明文:
マクロビオティック・ヨガアシスタント佐々木薫先生(集中講座卒業生)


いつもご覧いただきましてありがとうございます。
内容の充実に心がけておりますが、皆様のマクロビオティック・ヨガに期待することやご意見・ご要望を遠慮なくお教え下さい。
ご承諾いただけましたら情報を共有できるよう、こちらのブログでもご紹介させていただきます。
お問い合わせはこちらまでどうぞ。


2011/07/19

日本CI協会でマクロビオティックとヨガを総合的に学んでみましょう!(特別版)

「マクロビオティック・ヨガの歴史」                   
日本CI協会 マクロビオティック・ヨガ教室主任講師 森山幹麗 


 今回はマクロビオティックと日本のヨガの関係を、マクロビオティックの雑誌「月刊マクロビオティック」のひとつ前の名前「新しき世界へ」の記事などからも抜粋しながら、ヨガとマクロビオティックを愛する皆様の参考となる情報としてご紹介したいと思います。


 現在私が引き継いで日本CI協会セミナールームで開催させていただいております「マクロビオティック・ヨガ」の名称は、日本CI協会より命名された歴史ある名前であり、単なるブームで終わらすに文化としてマクロビオティックが様々な物事と調和できるようなヨガの役割を長年実践している教室です。


 日本CI協会でヨガ講師として講座指導などされていた先生方は他にも数名いらっしゃいますが、ちょうど20年ほど前の1991年の月刊誌に、当時マクロビオティック・ヨガ講師として日本CI協会でヨガ指導を担当されていた「三好暁先生(元沖ヨガ修道場生)」の記事が掲載されています。”健康学園”という大自然のなかでハイキングやスキーなど宿泊を兼ねたイベントと共にマクロビオティックの勉強実践会が盛んに開催されていた頃のことです。太極拳などと一緒に開かれていた健康セミナーの一つでもあった「マクロビオティック・ヨガ教室」は、当時の様子を先代の三好先生にうかがったところ、現在のCI協会会長の奥様などCIスタッフの方々も参加者の方々と一緒に参加するアットホームな雰囲気の教室であったそうです。さらに10年ほど昔の1984年頃には、当時日本CI協会発送係の「横田雄治先生(元沖ヨガ修道場生)」が、日本CI協会ヨガ・インストラクターとして、ヨガのご指導をされていました。


 日本CI協会でヨガ指導をされてきた方々が学んだヨガに、「沖ヨガ」という日本人が世界に誇れる日本発祥のヨガがあります。


マクロビオティック・ヨガの源流の一つとなっている「沖ヨガ」は、日本CI協会の先輩ともいえる「沖正弘導師(導師=指導者)」が、東洋の精神文化をインド発祥のヨガと統合し伝え広めたヨガです。


 幼少時ご両親を亡くされていた沖正弘導師(1921-1985)は、桜沢如一先生(1893-1966)理真先生(1899-1999)夫婦を「親父・お袋と呼ばせてくれ」といって、1950年頃から親密なお付き合いをされていて(1977年6月号より)、真生活協会(メゾン・イグノラムス=CIの前身で略称MI)の頃には道場長も任され、偏ったマクロビオティックをしてしまいがちな実習生に対して、大きなものの見方と考え方ができるような総合的な生き方(生活法)の実践を、時には竹刀片手に厳しく指導されていたと伝えられています。


 今から50年程前の1963年に、桜沢先生が沖正弘導師をヨーロッパに紹介した写真が、1991年5月号の月刊誌「松田光弘氏」の記事にて紹介されています。1960年前後の日本ではまだヨガを知らない人がほとんどだった時代に、多くのヨガ団体の設立に携わり日本のヨガの普及に貢献され、この頃から”沖ヨガ”が世界中に広まり始め、沖正弘導師はインドとスイスから医学と哲学の学位をうけられ活躍されていたと聞いております。


 私は沖先生にお会いした記憶がありませんが、私が15歳の頃に出会ったヨガが”沖ヨガ”であったことは、当時から家業としている”マクロビオティック”のご縁(元リマクッキングスクール札幌校)によるものでした。その後ご指導いただく先生方も沖ヨガの本格的な実践者が多かったことも本当にありがたいことです。日本CI協会で研修生を卒業しヨガ教室を任せてもらえるお声がけをいただいたCI協会とオーサワジャパンのスタッフのお世話になった方々からも、代々後継者を育てようとご尽力されているお心遣いを感じ、感謝の気持ちでいっぱいです。


 沖ヨガでよく教えられる「感謝・下座・懺悔・奉仕・愛行」や「全肯定・全活用」といった言葉を、マクロビオティックの学びからより深く現実的に感じられるようになりました。そしてマクロビオティックの「一物全体・身土不二・陰陽理論」をヨガの教えから実体験を通じて純粋に学ぶことができたと思います。


 ヨガ自体にマクロビオティックが含まれているとよく表現されますが、ヨガの目的といえる瞑想の段階に至る微細な感覚に覚醒するプロセスは、多様化するストレスの多い現代の社会において色んな考えと生き方があるそれぞれの人に応じた繊細で丁寧なアプローチが必要になっていると思います。


 長年に渡り食とヨガの探求をした者がわかる領域を確かめ合えるような場所として、原始的なヨガの学び方(少人数制など)を実践しているマクロビオティック・ヨガ教室を、次の世代に受け継ぐ一人でありたいと日々精進しながら毎回の教室で出会う方々とのご縁も大切にしています。




1963年、沖正弘氏をヨーロッパに紹介
(中央武道着姿が沖先生、同先生右隣が桜沢先生)




※マクロビオティック・ヨガを実践している森山幹麗主宰の「くつろぎ工房」の活動情報は、こちらのページからご覧下さい。
http://kutsurogi.ciao.jp/

「マクロビオティックしてますか?」とは?

「○○マクロビオティック」という言葉が巷にあふれています。

あなたは次の質問を投げかけられたら、マクロビオティックという言葉を聞いた瞬間、何を想像しますか?

玄米、陰陽、自然食、桜沢、リマ、フランス、アメリカ、久司、ボストン、KIJ、CI、正食協会、などなど

数限りなくさまざまな言葉(概念)が頭に浮かんでくるのではないでしょうか?

そしてマクロビオティックとはそれらのうちのどれかだか言うのではないでしょうか?

久司先生は昨年の講演会で、マクロビオティックを実践する目的は「愛」だとおっしゃいました。そして、その愛とはあなたのためにこの命を捧げますという意味における愛だとおっしゃっていました。

目的がそうであるならば、ではマクロビオティックそのものとは何でしょうか?

愛という目的を達成するために、マクロビオティックを実践する。そのマクロビオティックとは何か?マクロビオティックを実践する、ということはどういうことか?

何故、桜沢先生がマイナス3号食から7号食までの10段階の食事を設けたのか?そして、それが何故マクロビオティックの概念と結びつくのか?

ややもすれば7号食が最高の食事だと考え、そればかり盲目的に実行している人がいます。それは間違っています。偏食には恐ろしい側面があります。たとえ7号食をやっていても、それがその人にとって偏食となっていては、マクロビオティックを実践していることにはならないのです。

「マクロビオティックしてますか?」とは、「陰陽で物事を考え・行動していますか?」ということであり、「玄米を食べていますか?」、「動物性は食べてないですよね?」などの部分だけ捉えた話ではないのです。




2011/07/14

How to Include Animal Foods (動物性食品の取り入れ方)

カール・フェレー


















マクロビオティックを実践している若者・ジョーは首に違和感を覚えていた。数年間、熱心にマクロビオティックを実践していたが、彼の病状は悪化の一途を辿っていた。ジョーは久司道夫氏のアドバイスを受けるため、テキサスからボストンに飛んだ。道夫氏のアドバイスにもかかわらず、病状の好転は見られなかった。ジョーはさらにヘルマン相原氏にもアドバイスを求めたが、結果は同じだった。結局、ジョーは全身を動かさないと頭を回せない身体になってしまっていた。彼の首は完全に凝り固まってしまっていた。


救いを求め彼は医者を渡り歩いたが無駄に終わった。結局、一人の医者がノースカロライナの専門医を紹介してくれた。この専門医がジョーを診断した結果、彼は非常に稀な骨障害を抱えていることが分かり、彼に解決策を示してくれた。鶏である。専門医の説明によれば、ジョーの骨は悪化し続けており、鶏のある成分(それは鶏にしかないそうである)が彼の病状を治療可能だそうだ。


ジョーは私の友人で、病気の兆候が現れる前の1975年に彼と出会い、共にマクロビオティックをスタートした仲でした。彼はとても社交的で面白く、毎日がパーティのような生活を送っていました。GOMF(George Ohsawa Macrobiotic Foundation)で働くため、私は1978年にカリフォルニアへ引っ越してきました。ジョーに最後に会ったのは、1983年にテキサスへ彼を訪ねたときでした。彼は完全に治癒しており、初めて会った頃の彼に戻っていました。一体どのようにして治癒したのかを聞くと、先に書いたように説明してくれた後、次のように言っていました。「良くなるためにマクロビオティックを諦めて鶏を食べなくちゃいけなかったんだ」


「冗談だろ!」と私は出し抜けに言い、続けて「身体が求めるものを食べるのがマクロビオティック食じゃないか」。ジョーは理解できなかったようだ。マクロビオティックでは鶏は敬遠すべきものだという考えに凝り固まっていたのだ。鶏は食べないものだという「マクロビオティック」の食箋に従っていた時よりも、身体がそれを求めていることを受け入れ、鶏を食べたジョーの話を聞いた時、彼が本当にマクロビオティックを実践しているのだと感じることができた。


BACKGROUND-背景-
現実的に考えてみると、マクロビオティック食に動物性食品を導入している人もいればしていない人もいる。動物性食品を健康に寄与する形で摂るこることは可能だと考えている人もいれば、魚介類以外の動物性食品を摂るのは避けるべきだと考えている人もいる。マクロビオティックの実践をする際の敷居を低く設定している人もいれば、高く設定している人もいるのである。


魚介類以外の動物性食品を制限・禁止するという厳格な規定がある一方、それを摂っても良いという程度の寛容な規定もある。今日、動物性食品を食べることの危険性は以前にもまして大きい。只、より深刻な危険とは、マクロビオティックの理念を病気治しのための食事に限定してしまうことにある。この記事では、魚介類以外の動物性食品をマクロビオティックの理念や実践に導入する際の賛否両論を検討する。尚、これ以後、「動物性食品」とは、魚介類以外の動物性商品全般を指すことにする。


マクロビオティックを実践する際、動物性食品の位置づけに関する混乱は、マクロビオティックの著書に既に見ることができる。1960年に出版された「ゼン・マクロビオティック」は、George Ohsawa(桜沢如一、以下GO)が食箋について書いた最も詳細な著書である。彼はその中で、健康になるための10の食箋を提唱しており、その中の5つはベジタリアン食で残りの5つは動物性食品を含んだ食箋だった。彼が列挙した後者のマクロビオティック食には、鶏、七面鳥、卵、そしてバターや牛乳などの乳製品が含まれていた。


その一方で、健康的な生活には動物性食品を摂る必要がないことGOは書いている。動物性食品が人間の霊的な成長を阻害すると考えていたからだ。動物性食品を全く摂らなくてもよくなるまで自分自身を啓発することをGOは奨励していた。GOが動物性食品をマクロビオティック食に摂り入れた理由は、人々が与えられた食箋を厳格に守り続けることがマクロビオティック食であるという誤った考えを持たないようにすると共に、動物性食品を食べたいという希望を持っているためにマクロビオティックの理念を敬遠してしまうのを避けるためだったように思える。彼は可能な限り包容力のあるものとしてマクロビオティックを望んでいた。排他性を心底毛嫌いしていた。


ヘルマン・コルネリア相原夫妻が著した1970年代の書物では、動物性食品を時々食べても良いとする嗜好品の部類に入れている。事実、コルネリア夫人は何年もの間、感謝祭の日に七面鳥などの動物性食品を料理していたし、そうした料理レシピを『カレンダー料理本(“Calendar Cookbook”)』に掲載していた。GO夫妻も相原夫妻も、動物性食品の適切な摂り方に関するガイドラインを示しており、例えば、ごく少量をときどき摂取すること、オーガニックの飼料で生育され、放し飼いされている動物であることなどが示されていた。さらに両夫妻は、健康体であるためには、動物性食品は必要ないということも指摘していた。
マクロビオティックにおいて動物性食品を完全に禁止する方向に舵を切ったのは、道夫・アベリン久司夫妻により著された1980年代の書物に端を発する。『標準的なマクロビオティック食事法(“Standard Macrobiotic Diet”)』で道夫氏は、魚介類以外の動物性食品を「日常的に避けるべき食べ物」の部類に入れている。アベリン夫人は、週に2・3回ならば少量の魚介類を摂っても良いというスタンスから、1985年までに自著『マクロビオティック食完全ガイド(“Complete Guide to Macrobiotic Cooking”)』の中で、「肉、家禽、卵、乳製品の摂取は厳禁である」と述べている。


こうした厳格な規定に固守するというマクロビオティックの教えこそ、GOが避けようと試みてきたことだった。今日、マクロビオティックを指導する講師やそれを実践する者の多くは、アベリン夫人の食箋に従い、肉、家禽、卵、乳製品の摂取を厳禁としている。さらに言えば、人々の多くは、そうした食べ物はマクロビオティック食ではないと信じ、また指導している。マクロビオティックの実践者がGOや相原夫妻の書物を目にした際に混乱が生じるのである。我々は次の質問が投げかけられている。「マクロビオティックで動物性食品を摂っても良いのでしょうか?」


マクロビオティックとは大きく、偉大な生命という意味であり、それは動物性食品を摂る者も摂らない者も抱合するのに十分たる包容力がある。マクロビティックの原理によれば、反対のもの、あるいは対立するものは全て、同時に相補的でもある。健康的にマクロビオティックを実践できるのであれば動物性食品を摂っても良いと考える人も、それを摂るのは厳禁であると考える人、その両人を統合可能な考えがマクロビオティックである。個人的には両人の考えを尊重する。ただ、そこには問題もあるという点も指摘しておきたい。


PLOBLEMS WITH INCLUDING ANIMAL FOODS
-動物性食品を取り入れることの弊害-
動物性食品を摂っても構わないとすることの問題は、そのような記述が誤解の源泉だからであろう。この号の『マクロビオティック・トゥデイ( “Macrobiotics Today”)』の編集者への手紙で、読者はまさにこの点に関する懸念を述べている。マクロビティックの食事とは主に植物性食品を中心にしたものである。オーガニック飼料で生育された放し飼いの動物、あるいはその動物を元にした製品を時々、少量食べたからといって、それは変わらない。またこの事は、GO、相原夫妻、あるいはマクロビオティックの原理を勉強している者みなが皆、残虐非道な農場経営手法を容認している訳ではない。


動物性食品を避ける人が言うには、ごく少量であれば動物性食品を食べても良いと伝えてしまうと、それを聞いた人は、いつでも、好きなだけ食べても良いと勘違いしてしまうそうだ。これは明らかに誤りである。GOや相原夫妻は共に、特に当時の食品の質を考えた場合、動物性食品を食べることの危険性を指摘している。今日、品質はさらに悪くなっている。動物性食品に対する無知と、それを過度に摂取することに対する彼らによる警鐘は今日にも当てはまるのである。


マクロビオティックの世界には指摘しておくべき神話がある。マクロビオティックの実践者の中には、動物性食品を摂らない自分たちの方が高い精神性を持ち、判断力も高く、その他の点でも優れていると考えている者がいる。マクロビオティックを実践する菜食主義者は、動物性食品の量や質に関わらず、それを食べる人だと知りながらその人と席を共にしようとは考えてない。


動物性食品を食べる・食べないにせよ、その選択の裏にある考えも同様に重要なのである。マクロビオティックの教えの中核には非排他性、即ち他人を受け入れるという考えがある。他人の意志決定に寛容になれることが大切であり、我々の多くが日常肉を食する親戚や同僚を持つという点を考えた場合、この点は特に重要である。


動物性食品を制限することに関する別の議論は、マクロビオティックを実践しようとする人の大部分が、何らかの病を治療する目的でそれを始めるということにある。そのような状態にある人が病を克服するためには、必ずと言っていい程、動物性食品を避ける必要がある。そうした話をしていくと、各人に応じた適切な動物性食品の摂取を伝えるよりも、皆に動物性食品を避けるよう推奨したほうが話として簡単になったのである。動物性食品を制限する理由は多数あるが、それにより誤解が生まれ、様々な意味でマクロビオティックを制限することになったのである。個人的にその最たる例は、マクロビオティックの原理を学ぶことをせず、ただ盲目的に基本食を守るという欲求に駆られるという点ではないかと思う。


PROBLMES WITH EXCLUDING ANIMAL FOODS
-動物性食品を除外することの弊害-
動物性食品を厳しく制限することの弊害の一つは、健康の維持・増進を図るために動物性食品を必要とする人を過度に怖がらせ、それを食べるよう薦めるアドバイスに耳を貸さなくすることにある。友人のジョーは彼の症状を改善するために、動物性食品(彼の場合は鶏肉)を必要としていた。動物性食品のせいで彼はマクロビオティックをやめてしまった。しっかりとマクロビオティックを理解していなかったために、彼はそれを全て放り投げてしまったのである。こうした限定的な物の見方のためにマクロビオティックをやめなくてはならなくなった人が一体何人いるのだろうか?


魚介類以外の動物性食品を食べる必要があるとアドバイスを受けた経験を持つ人を何人も私は知っている。私自身、数年前に同じようなジレンマに直面したことがあり、わずかの間だけ動物性食品を食生活に摂り入れ、体調が改善した。私は、何をどのくらい食べるかを決定する際にマクロビオティックの原理を活用したが、心配されるほど難しくはなかった。


動物性食品を制限することで発生する別の問題とは、マクロビオティックを実践する指導者の多くがそれを自らの食生活に摂り入れていることにある。何年も前に、私は、乳製品を厳しく制限する理由をいくつも挙げレクチャーを開催していたマクロビオティック講師の素晴らしレクチャーを聞いた。大変な感動を覚えたため、講演後、感謝の気持ちを伝えるため、彼の控え室を訪れてみると、なんと彼は、牛乳入りの冷たいシリアルを食べているところだった。私はショックを覚え、彼が講演で謳ったことと実際の行動が違うのは何故なのかと考えてみた。


数年後、マクロビオティックの指導者たちが集まる会合に参加した際、その答えが明らかになった。過去2ヵ月の間、魚介類を除いた卵や動物性食品を食べていないかを聞かれ、6人中一人がYESと答えた。私は混乱した。彼らは自分たちの主張を正当化するために、動物性食品を摂っても良い理由を、自分たち講師はマクロビオティックの原理、例えば、食材の品質、食べる量、適切な調理法などを知っているからだと主張した。マクロビオティックの原理を知っている者であれば動物性食品を食べても良く、知らない者はたべてはいけないのだ、と私は考えるようになった。このことを初めから教えてくれないのはなぜか?単に動物性食品を絶対摂ってはいけないと教えるのではなく、健康に資する形でそれを導入する方法を説明してくれないのはなぜなのか?


マクロビオティックの哲理には、生命のあらゆる領域で活用可能である普遍的な原理が内包されている。ところが、食養との関連が強くなったため、その哲理が疎かにされてきたのである。マクロビオティックは非常に限定的になり、「規模、範囲、能力が非常に大きいこと」と辞書が定義するようなマクロなものではなくなってしまった。マクロビオティックが食事面に限定されてしまったのみならず、その食事そのものも限定的なものとなってしまったのである。


How to Include Animal Foods
-動物性食品の取り入れ方-


このセクションでは、マクロビオティックの原理を使った動物性食品の取り入れ方のアイデアをいくつか提案していこうと思う。但し、以下の提案は、誰もが自分の食生活に動物性食品を摂り入れるべきだと述べているのではなく、また、注意深く熟考せずにそれを取り入れてもよいと述べているわけでもない。


Condition:健康状態
基本的に動物性食品は酸を形成し、植物性食品よりも身体に負荷がかかる。このため、すでに病気を抱えている人は動物性食品を摂取する前に、注意や相談といった正規の医療サービス提供者からのアドバイスを受ける。
全く健康な人ならば、動物性食品を摂る前にその特質や効能を徹底的に学ぶことが助けとなる。


Constitution:体質
ある人たちは、自分たちが積極的に動物性食品を摂っており、ほかの人達はそうではないと見出すが、私たちはみな一人ひとり違う人間である。私たち人間も含め、全く同じものなど存在しない。例えば、血液型がO型だという人たちの多くは、動物性食品を摂った方が身体の調子が良いと話すが、A型の人たちは、植物性食品を摂り、動物性食品を全く摂らない方が良いのだそうだ。


Purpose:目的
動物性食品を摂るかとらないかで、暮らしの中で無双原理やその哲学を使う目的に、直接影響を与えてしまう。心の成長のためにマクロビオティックを実践している者は、植物性食品を多く摂り、動物性食品を減らすことが有効であるといった桜沢や相原の教えを見出してきた。不調を癒すことに関心のある者は、各人特有の健康状態のためにはっきりこれ、と必要な食品がない限りは、前述した教えが同じく当てはまることに気づくだろう。


Attraction:効果
私は、フレンチメドウキャンプでのあるセッションを思い出す。ヘルマンがキャンプの女性参加者たちを楽しませているあいだ、コーネリアが男性参加者たちに話していた。ある男性参加者がコーネリアに、女が男に期待することとは何かと訊ねると、彼女はぐるりと彼らを見回しこう言った。「あなたたちみんな陰性すぎよ!」彼女は我々に、(適切ならば)動物性も含めたより陽性な食品を摂るよう薦めるのだった。彼女が考えるに、我々は女性の陰性さを引きつける陽性さが十分ではなかった。我々は「陽は陰を、陰は陽を引きつける」原則にではなく、コーネリアの助言には同意しかねる。


Quality:質
いずれの食品を摂るときにも、最も重要なことはその品質である。私見だが、選んだ食品の質は、動物性食品の場合は悪化する。化学物質や農薬、防腐剤、添加物等々といったものの入らない食品を選ぶことが重要だ。基本的には、人工的に手が加えられていなければ、それだけ良いということであろう。この原則は大量消費向け商業ベースの食品店からほとんどの動物性食品を排除してしまう。飼育場を自由に駆け回り、オーガニックな作物や飼料だけを食べている動物(やその加工食品)を選ぶのがいいだろう。可能ならばその飼育場を訪れるのだ。野生の獲物の肉は通常、飼育されているものより質は良いものである。


Quantity:量
GOは「量は質を悪化させてしまう」といったが、これは言い得て妙なことである。私の経験では、ごく少量の動物性食品であればそれはとても役に立つ〜たとえばコーンブレッドに入れる卵一つとか。いつものように、各人の健康状態や目的に応じた必要量を摂ることだ。もし健康状態のために動物性食品の摂取が必要で、それが少量なものならば、方法の一つとしては、自然飼育された食肉を扱う肉屋から骨を買いスープストックを作ることだ。このやり方なら、食肉そのものの過剰な脂を摂らずに骨のミネラルを摂取できる。


Yin/Yang:陰陽
陰陽の分類上、動物性食品がより陽性だと考えられている一方で、動物性食品は陽性の性質と陰性の性質、両方を合わせ持っている。肉についている脂肪は陰性であり、その脂肪こそが陰陽バランスを取る際に厄介なものなのである。GOが提唱する食養法ではその人の食事療法に動物性食品が含まれている場合、穀物を控え、サラダや果物、デザートなどをより多く摂るよう助言している。


Change:変化
全ては変化する。マクロビオティックは柔軟性や、適応力をもつことを説いている。釣り合いをとるために、素材に備わっている陰陽を料理法を変えることで調整するのだ。下準備や陰性食品を組み合わせることで陽性食品のバランスをとるといったことだ。マクロビオティックの料理本にはそのための多くのアイデアが載っている。初めあるものは終わりがある。もし我々が動物性食品を食べ始めたならば、それらを食べることを止める時もまた来るだろうし、後に再び食べ始めるほうへと引き寄せられることもあるだろう。


Front/Back:表裏
表あるものはまた裏もあり表大なればまた裏も大なり。効のあるものは害をなすこともあるということ、効能が大きければそのぶん害もまた大きく潜んでいるのだということを、GOは我々に教えてくれた。その理論を理解せずに、ただ闇雲に杓子定規な規則のあと追いをすることこそが最も危険なことだ。適切な理解や予防措置といったことなしに動物性食品を食べることは間違いなくその危険行為に当たる。


CONSEQUENCES
-結論-
マクロビオティック哲学のもっとも重要な概念の一つが、我々が飲み食いしたものが、その結果を引き起こすというものだ。GOは経験はまた偉大な教師であると教えてくれた。彼の助言はつまり「やって、それをよく見ろ」ということだ。我々が飲食に何を選ぼうとも、最も重要なことはその結果を見極めるということなのだ。もし我々がさらなる不調を感じたなら、摂ると自分で決めた(不快さや病気を引き起こす)食べ物を飲み食いする、その欲求を控えることだ。


我々の考え方や指導にも結果はついて回る。この財団が入る建物の大家は、我々の活動が気に入っているといってくれていた。我々が沢山の人たちの健康維持やその回復を助けていることを、自分は知っているんだと話してくれた。しかしながら、彼は、厳格なマクロビオティックダイエットを続けながら30年やそこら生きるくらいなら肉やピザを楽しみながら10年ちょっと生きるほうがましだと、言い続けてもいた。彼はドアの向うへ歩きながら振り返りこういった。「もちろん、10年かそれよりもっとか、病院から君の助けを求めているかもしれないけどね」


あの時、私は絶好の機会を逃してしまった。私はマクロビオティックを治療目的のダイエットへと焦点を絞りすぎてしまったのだ。そして大家はドアの向うに歩き去っていった。彼が寄せたマクロビオティックへの関心は失われてしまったのだ。彼が肉やピザを食べながらでもマクロビオティックの原理を使えることを私は説明出来たはずだったのに、結局それをしなかった。そのドアを閉じる代わりに、その瞬間を捕らえ彼の考え方の方向転換をはかることで別の扉を開けることが出来たはずなのに。


動物性食品を摂ることを選ぼうとそうでなかろうと、我々は動物性食品に対して感謝の念を捧げることはできるし、また我々は食べ方に頓着しない人々を受け入れることはできる。マクロビオティックは頑固な決まり事のセットではなく、人生の全てに当てはまる順応した哲学なのだ。マクロビオティックにおける全ての経験は価値があり必要とされるものである。我々が他者を受け入れる努力をより多く払うことは我々の自由や喜びもまたさらに深みを増すのだ。








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「Macrobiotic and Animal Foods(マクロビオティックと動物性食品)」は日本CI協会・編集部が和訳したものです。


GOMFの連絡先は下記となります。
gomf@earthlink.net


英語版を読みたい方は下記のウェブサイトをご参照ください。
http://ohsawamacrobiotics.com/joomla/index.php

2011/07/08

引力とマクロビオティック

マクロビオティックではこの世は陰性の遠心力と陽性の求心力で創造されたと考えます。


この事実は疑う余地がありません。


そして、この事実は私たちは引力により生き・生かされているということでもあります。


万有引力の法則では、「すべての物体は互いに引き合い、その力の大きさは引き合う物体の質量の積に比例し、距離の2乗に反比例する」と述べています。


リンゴ(物体)が木から落ちるという現象それ自体に、宇宙の秩序が垣間見れます。


上記の法則にも、陰陽無像原理の十二の定理に規定されている原理が摘要されます。


よりマクロな目で見た場合(科学絶対主義というミクロな視点だけでない)、陰陽という考え方の汎用性を体感できると思います。


陰陽という考え方を導入する際には、問題意識を持たなければなりません。


そうしないと、例えば、「白米と玄米、どちらが陽性か?」、という単純な質問も、質問の意味・意図をしっかり理解していないと(問題意識をもって陰陽判断をしないと)、玄米の方が陽性だという短絡的な答え(その回答の背景には陰性な病気のからだを陽性にして改善するからだという考えがあるかもしれません)にたどり着くことになるのです。


あっちではこう言ってるけど、こっちではこう言っている、全くお手上げだ、というのが現状なのではないでしょうか?そうなるのは、問題意識の保持と日々の研鑽を通じ判断力を向上させる努力をしない空です。


マクロビオティックには○○マクロビオティックなどというものはなく、George Ohsawaのマクロビオティックしかないのです。


そしてそれは、陰陽だけなのです。但しこの陰陽も五行説とは陰陽が逆です。


このように考えるとマクロビオティック=陰陽五行説、ではないことが明らかです。


なぜならばGOは五行説など一言も触れていないからです。